戸口の蜜事

 一ヶ月ぶりのデートということで、今週はいつも以上に気持ちを弾ませながら週末を迎えるのを今か今かと待ち望んでいた。
国広の恋人である和泉守兼定は、ここ一ヶ月ほど仕事の受注を勝ち取るべく毎日遅くまで会社に残り、休日も仕事に精を出すという忙しい毎日を送っていた。もちろん優しい彼は忙しい合間をぬってメッセージや電話をくれたが、顔を見たいという気持ちは日に日に増していった。
そして今週の火曜日に無事自分が担当する案件が受注を獲得することができたと、いつも簡素なメッセージしか寄越さない彼にしては珍しく、その喜びに満ち溢れた表情が想像できるほど感情のこもったメッセージが送られてきた。思わぬ一面を垣間見えたことに嬉しくなり、おめでとうと目一杯の賞賛を送る。
自分から手を挙げて担当したと聞いているので、一見ぶっきらぼうだが責任感のある彼のことだ、相当頑張ったに違いない。今週末こそは一緒に出掛けようと誘ってくれる彼に心から楽しんでもらえるような一日にしたいと思い、国広は仕事が終わった後も自宅でパソコンに向かって出かけるプランを立てることに勤しんだ。

そうして迎えた当日。疲れているだろうからゆっくり寝て昼過ぎからでいいと言う国広に、一ヶ月ぶりだからできるだけ長く一緒にいたいと言ってくれる好意に甘えて十時に待ち合わせた二人は、心ゆくまでデートを楽しんだ。
新しくできたという水族館でひらひらと優雅に泳ぐ数多の魚たちにたっぷりと癒されてから、事前に調べておいた美味しいと評判のお店でランチを楽しんだ後は、久しぶりに体を動かしたいという兼定のリクエストの元、テニスをして爽やかな汗を流す。
そうしてひと月ぶりのお出かけを満喫したところで夕日が顔を出してきたので、兼定の家で手料理を振る舞うべく電車に乗って帰路に着いた。
今日は楽しかったねと笑いかければ、おう、と目を細めて嬉しそうに笑う彼の顔が目に入る。国広の一番好きな表情だ。終わってしまうのが勿体無いくらい楽しい一日を彼と過ごせた幸せに、国広の胸は一杯になる。後は美味しい料理を振る舞って、兼定にもっと喜んでもらおうと、弾む心で電車に揺られた。

最寄り駅の改札を出ようとしたところで、ふと二人の男女が国広の目に止まった。
最初は別れを惜しんで抱き締めあってるのかと思っていたのだが、数歩進んで横を過ぎようとしたところ、熱烈にくちづけを交わしている姿が目に入ってぎょっとしてしまう。別れの挨拶にしては濃厚すぎるそれは、明らかに舌を絡ませた深いものであることが窺える。
その光景に兼定との深いキスや、その先の情交までもが思い起こされてしまう。気まずさに思わず目を逸らして横にいる兼定に視線を移すと、彼もまた件のカップルを見ていたのかばっちりと目が合う。これ以上視界に入れては恥ずかしいと思い、歩く速度を早めると兼定もそれに合わせてついて来てくれる。

少し離れたところで、兼定の方から口を開く。
「……さっきの、すごかったな」
すぐに先ほどのカップルのことを話しているのだと察する。
「え、えっと、そうだね……びっくりしたね……」
なんと返事をして良いものか分からず、しどろもどろにようやく言葉を返した。

 付き合ってから一年以上経つ自分達も勿論キスの経験はあるし、それ以上の体の交わりも幾度となく行っている。けれどまじまじと他人の情事の一端を見てしまって、自分たちも外から見ればあのような艶かしい行為をしているのだと意識すると、どうしても恥じらいの感情が沸き出てしまう。
兼定はそんな国広の様子も特に気にしていないようで、そのまま黙って歩き続ける。
なんとなく気まずくなってしまい、適当な話題も思いつかず国広の方から話しかけるのが躊躇われて兼定の横を静かに歩く。いつもなら楽しくおしゃべりしているうちにあっという間に着く兼定の家までの道のりが、今日ばかりは長く感じられた。

カチャカチャと兼定が鍵を鞄から出している姿を横目に見ながら、ふと先ほどの熱烈なくちづけが脳裏をよぎってしまう。思わず顔が熱くなってしまうのを感じて、せっかくの楽しい一日をこんな風に終わらせてはいけないと軽く頭を振ってなんとか記憶を追い出そうとする。
ガチャリと音がして兼定が開けてくれた扉の中に入っていく。久しぶりに手料理を作るのだ、今日はどんな味付けにしようかと考えながらお邪魔しますと声をかけて靴を脱ごうとしたところで、肩に衝撃が走る。

 壁に押し付けられたのだ、と最初は理解できなかった。見上げる兼定の顔は欲を帯びて妖しい表情を浮かべており、あっと思った時には唇に噛み付かれていた。

「……っん……兼さん、ここ玄関だよ……」
「んなもん関係ねえよ」
「こ、声、聞こえちゃうよ……」
「そう簡単に漏れねえから大丈夫だ」

そう言うや否や唇を押し付けられて、閉じかけた口腔に舌を捩じ込まれる。口蓋をなぞられてから舌を絡め取られ、強く舐め啜られると忘れようとした先ほどの光景が頭を掠めて体を熱くしていく。
玄関の扉は薄くはないが、共同の廊下に人が出入りすれば音が漏れてしまう可能性は拭えない。なんとか押しとどめようと兼定の胸を叩くが、逞しい胸はびくともせず却って身体を押さえつけている腕の力が強まる。

壁と兼定に挟まれてしまってすっかり身動きの取れなくなった国広は、なす術もなく兼定の激しいキスを受け入れるしかなかった。
夢中になって唾液を交換しながらも、兼定の手が国広のシャツの中に伸びてきて素肌を撫でてくる。最初は赤子をあやすような優しい動きをしていたが、胸の頂に触れるとゆっくりと摘み上げ、押し潰す動きに変わっていく。

「ひぅっ……待って、兼さん、ベッド、行こう……よ……んんっ……」
「待てねえよ……んなことしている時間が惜しい」
胸の飾りを弄る指は止まることなく、形を変えながら弾かれ揉まれるうちにピンと上向いていく。
ようやく解放された唇から繋がる糸が見えてその艶かしさに思わず目を瞑っているうちに、シャツを胸が見えるほど高い位置までたくし上げられる。まずいと思って口を手で押さえようとするよりも早く、兼定の舌が腫れた粒を舐めとって啜り上げる。

「――っぁああ!あっ、だめ、……すっちゃ、だめ……んんっ、ァああ!」
「こんなに固くなって気持ちよさそうな声あげて、何がダメなんだ?」
ニヤリと悪戯っ子のように笑った彼は、国広の制止などどこ吹く風で淫らな粒を舐め回しては吸い付いていく。その度に止められない嬌声が国広の口から溢れては静かな廊下に響いていく。
国広の頭には、ここが玄関であるということもすっかり快楽に塗り潰されて忘れてしまった。
「前は胸だけでこんなに喘がなかったのにな……やらしい身体になって何よりだ」
「ち、ちがっ……かねさんが、いっぱいさわって、すってくるからぁ……ひぁ、ぁあんっ!」
「そうだよな、オレとたくさんエッチしてやらしくなっちまったんだよなぁ、偉い偉い」

 優しく頭を撫でる手と、腫れた頂を愛撫する手が余りにも対照的で、倒錯した快感が頭から爪先まで貫いていく。
撫でていた手がゆっくり降りてくるとそのままボトムを膝までずり下げられ、主張する盛り上がりが下着越しにも見て取れる。
「嫌だダメだという割には、まだ触ってねえのにしっかりおっ勃ててるじゃねえか。そんなに気持ち良いか?」
低い声で耳元で煽られて、下肢がさらに熱を帯びていくのを感じる。

頬を赤らめて羞恥に耐えるべく目を瞑る姿に満足したのか、ゆっくりと大きな手が下着越しに膨らみに触れていく。上下に緩く摩られるだけで、ビクビクと震えながら先端から先走りが溢れて下着に染みを作っていく。
会えない一ヶ月の間、この大きな手に包まれて扱かれるのを想像しながら自身を慰めてきた。ようやく念願のものに触れられたという光悦が止めどない快楽へと変わっていく。
「あっ……かねさ、ちゃんとさわって……」
「今も触ってるじゃねえか。どう触って欲しいのかちゃんと強請ってみろよ」
「んっ……いじわる……」
甘えるように見つめてみるが、その手は食わないぞと言わんばかりに鋭い視線が返ってくる。諦めた国広は、羞恥心と戦いながらようやく強請る言葉を口にする。
「……おちんちん、直に触って、握ってほしい……」
「……握るだけで良いのか?それだけじゃ気持ち良くなれねえぞ?」
「……っ、擦って、先っぽ、ぐりぐりしてほしいっ……」

普段口にしないようないやらしい言葉を口にして、顔が燃えるように熱い。兼定にはしたない奴だと思われてしまったのではないかと涙で歪んだ視界がその顔を捉えるが、国広の予想に反してこの上なく嬉しそうな表情を浮かべている。
良い子だと口が動いたのと同時に、下着を膝まで下げられてぷるんと震えながら勃ち上がった性器が視界に入る。小柄な体格に見合った性器が小さいながらも主張しており、外気に晒されたことでふるふると震えてながら脈動している。
願い通りに大きな手で包まれて、ぎゅっと力を込められるだけで例えようもないほどの快感に襲われる。ゴツゴツとした長い指が筋に添えられて、ゆっくりと上下に扱かれる。愛しい恋人に敏感な性器を触られているのだという感覚が、国広の身体から理性を奪っていく。
先走りで濡れる先端を指でトントンと軽く叩いて滑らせた後、指の腹を押し当てられて窪みを押し回される。丸裸にされた性感を直接弄られる感触に、堪らず声が上がる。

「――ンァああっ、ぁああっ……!っあ、そこ、きもちい……、っはぁ……んんっ」
「ぐちゃぐちゃに濡れててやらしいな……すげえ唆られるわ」
兼定の煽るような言葉さえも耳に入らぬほど、ぐちゅぐちゅと音を立てて扱かれる快楽に身を委ねる。力の入らなくなった腰が震えて膝が崩れそうになったところを掴まれて、愛撫の速度が増していく。
近づく限界を感じて目を瞑り訪れる快感に耐えようとするが、急に擦り上げる動きが止まり射精を禁じるように根本からぐっと掴まれる。
「っあ、かねさ、なんで……」
「悪いな、オレも我慢の限界……」

そう言い終わる前に国広の身体は引っ張られてうつ伏せに倒され、腰だけが浮くように掴まれる。指に絡みついた粘液を後蕾の縁に塗り付けられたかと思うと、ゆっくりと兼定の指が中に入ってきた。
「ま、待って兼さんっ……!僕、お風呂入ってないし、汗かいたから汚いよ……!」
「それはお互い様だろ。それに、お前が汚いわけねえから安心しろ。それとも、風呂入ってないオレと抱き合うのは嫌か?」
「そんなことあるわけない!僕はいつだって兼さんに抱きしめて欲しいよ……」
「……嬉しいこと言ってくれるなよ。じゃあ何の問題もねえだろ、続けるぞ」

一ヶ月の間何の挿入も許していない狭い内壁は、異物の侵入を拒むように締め付ける。中を傷つけないように慎重に抜き差しを繰り返す動きに、次第に自分を貫くその存在を思い出したかのように柔らかくなっていくのが分かる。
二本目の指が挿入されてバラバラに動いて中を拓いていく。曲げられるだけの隙間ができたことを確認した兼定が、鉤状に曲げた指で最も敏感な部位を押し上げる。
「―――やぁっ!ああっ!……そこっ、……ぁあんっ!」
「ここが気持ちいんだよな……ははっ、すげえ締め付けてくるな、食いちぎられそうだわ」

兼定の言葉の通り、もっともっとと強請るように襞が蠢いて二本の指を食い締めているのが分かる。国広の意志など関係なく収縮して欲を求める胎は、幾度となく身体を重ねて兼定を受け入れ貫かれて来た証である。
国広が繰り返される責めに喘ぐうちに責め立てる指は三本に増え、準備が整ったと判断したであろう兼定によって引き抜かれる。
咥えるものを失った孔がふるふると震えているのを感じていると、熱いものがその入口に押し当てられる。それが兼定のいきり勃つ剛直であることは、今までの少なくない経験から察せられる。

「あっ、待って……ゴム、着けてない……」
「済まねえ、後で風呂で掻き出してやるからこのままさせてくれ」
荒い呼吸から兼定の興奮が伝わってきて、早く彼にも気持ち良くなって欲しいという思いからそっと頷く。
ゆっくりと息を吐いて、来るべき衝撃に備える。

「……国広、入れるぞ」
返事を待つことなく、熱を持った凶器が一息で国広の中に挿入される。
灼熱の鉄の棒が押し込まれるような感覚に、思わず国広の腰が逃げようと暴れるが、がしりと腰を掴まれると舐るように奥をぐりぐりと回される。
「……やっぱ久しぶりだとキツいな。……すげえ締め付け」
「……っあ、かねさ、おっきい……っんん、まだ、動いちゃ、だめぇ……っ」
「無茶言うなよ……駅からずっと我慢してたんだから、もう我慢できねえ」

ゆっくりと性器が引き抜かれ腹の中の圧迫感がなくなったことに安堵の息を漏らしたのも束の間、一気に貫くように剛直が叩きつけられる。痕がつくほど強い力で腰を掴まれ、兼定が激しく腰を前後に動かしていく。
乱れた熱い呼吸を背中に感じながら、寄せては返す波のように押し寄せる快感に国広は声にならない悲鳴を上げていた。ぐちゅぐちゅと結合部から漏れる水音と、肌と肌がぶつかり合う音が響き、二人のいる空間を淫らに彩る。

「っはぁ……国広……国広っ……」
夢中になって愛おしそうに繰り返し国広の名を呼ぶ兼定に答えたいと思うのに、快楽に浸かりきった身体がその余裕を与えてくれない。激しい律動に意識を手放しそうになるが、奥を突き上げられてぐりぐりと抉られるとすぐに現実に引き戻され、視界が白く明滅する。
「ぁあっ、うっ……やぁ、おく、だめぇ……きもち、……おかしく、なっちゃうからぁ……っ」
「はぁっ……おかしく、なっちまえよ……!」
掻き回すように奥を嬲られ、それが止んだかと思えば張り出した太い部分で敏感な部分を何度も擦られる。自分の身体がバラバラになってしまったかのような強い快感に、とめどなく流れ落ちる生理的な涙が床を濡らしていく。

今度こそ限界を迎えようとしている自分自身がわなわなと震え、亀頭から透明な雫が溢れ出てくる。
「あっ、ぁぁあっ……かねさんっ、……ぼく、もう、イっちゃう……っ!」
「イけよ……オレも一緒にイくから……!」
「――――ああぁっ、あぁああんっ……!」
兼定が抽送を早め、何度目かに奥を貫かれた衝撃で、ビクビクと震えながら国広の性器から勢いよく白濁の汁が飛び散り玄関マットを汚していく。それを見てここが玄関であったことをぼんやりと思い出していると、兼定がこれで最後というように国広の腰を大きく揺さぶる。
射精が終わり切らない敏感な身体はぎゅうぎゅうと肉壺を締め、中を穿つ兼定もその責め苦に耐えかねてどろりとした欲望を吐き出す。
灼けつくような兼定の熱に、国広の中が塗りつぶされていく。自分の身体が兼定に染まっていく感覚がこの上なく心地よく、国広を幸福な気持ちで満たしていった。

残滓を全て出し切った兼定が、ゆっくりと腹の中から抜けていくのを、名残惜しそうに内壁が吸い付く。抜けきった孔から、とろりと兼定の種が漏れて腿を濡らす。
「はぁっ……はぁ……ごめん、マット、汚しちゃった……」
「……んなこと気にすんな、今はオレだけ見てろよ」

そう口にした彼に軽々と持ち上げられると脱げかかった靴がコトンと床に落ちる。靴すら脱がずにセックスに浸っていたのだと思うと恥ずかしさに顔がカッと熱くなるが、そんな国広の気持ちなど知らずに横抱きにされると啄むようなキスが降ってくる。兼定の言葉に答えるように両手を首に回して甘い唇を味わう。
「……もしかして、兼さん駅のあの時から興奮してたの?」
「……まぁな。あんなもん可愛い国広が隣にいる時に見せつけられたら、嫌でも昂るだろ。一ヶ月もご無沙汰だったんだしよぉ」
「……僕も、兼さんとすること想像してた。僕だけじゃなくて、嬉しいな」
「仲良く興奮してたってことか、そりゃ嬉しいこった。……んじゃ、一ヶ月会えなかった分、たっぷり抱き合おうじゃねえの」
そう言いながら笑う兼定の瞳は幸せの色を浮かべていて、嬉しくなった国広は首に回した腕に力を込めて抱き寄せると返事の代わりにキスをした。

二人の熱く長い夜は、まだ始まったばかり――