【堀清】良薬口に甘し

「あ、あのさ、主。俺の聞き間違いかな、もっかい言ってくれない?」

「……加州。君にお願いがある。他の刀剣男士と性交して霊力供給をしてもらって欲しい」

「……あー、そうだよね。うん。ありがと、バッチリ聞こえたよ」

悲しいことに、何度聞いても己の聞き間違いなどではなかった。目の前に突きつけられた現実に、清光は思わずしゃがみ込んで頭を抱えてしまう。向かい合う主の顔は至って真面目で、彼が冗談など口にしていないことなど一目で分かる。分かるからこそ、頭を抱えずにはいられないのだ。

一体、どうしてこんなことになってしまったんだ。いや、もちろん理解している。元はと言えば、こうなってしまった原因を作ったのは清光自身にある。ズキズキと鈍い痛みがするこめかみを押さえ、ふらつく体を支えるために畳に手をつく。こんなことなら、いっそのことあの時死んでしまった方が良かったのかもしれない……。

 

時を遡ること半年ほど前。清光を始まりの刀とするこの本丸は、現在とは違う審神者の手によって創設された。当時の本丸の主である審神者はまだ高校生になったばかりの若い少女だったが、審神者の適性があると判断され、政府に熱心に勧誘されて断りきれずに本丸に連れて来られたという。

自信なさげに微笑みながらそんな事情と、加州が一番気軽に話せそうだと思ったから選んだのと打ち明けられた清光は、嬉しかった。自分となら上手くやっていけると思ってもらえたなんて、刀として光栄なことだ。だから、不安でいっぱいであろう彼女をしっかり支えなければと思い、清光は精一杯働いた。出陣すれば誰よりも功績を挙げ、本来あまり好きではない内番も率先して担当した。彼女は出陣や内番を終える度に、お疲れ様、ありがとうと清光のことをたくさん褒めてくれた。その言葉一つ一つが清光の生きる希望だった。

彼女のために尽くせば、きっとその分だけ愛してもらえる。だって、自分は彼女のことを大切に想っているから。こちらが愛した分だけ、愛を返してもらえる。清光はそう信じて疑っていなかった。自分と主の絆は強く、絶対のものだと思っていた。だが、清光は気づいていなかったのだ。戦争とは縁遠い平和な世で暮らしてきた少女と、血生臭い戦いの中で生きてきた己との価値観の違いに。

本丸を立ち上げてから一ヶ月ほど経った時、六振り目の刀剣男士を鍛刀してようやく一部隊の人数が揃った。その頃から審神者は敵の弱い戦場で経験を積ませるよりも、どんどんと新しい戦場へ出陣させていくように方針を変えた。今思えば、政府から早く目に見える成果を挙げろとせっつかれていたのかもしれない。政府の役人が訪問しにきた後、主は少し暗い表情を浮かべていたから。大丈夫?と声をかけたが、何でもないと笑顔で返されたのでそれ以上気には留めなかった。あの時ちゃんと彼女と話していれば違う結果があったのかもしれないと思うと、悔やんでも悔やみきれない。

そんなある日、新しい戦場で清光率いる部隊は強敵と対峙した。初めて遭遇した槍使いの遡行軍は非常に素早く、清光たちは次々とその槍に貫かれて怪我を負った。「撤退」の二文字が頭を過ぎる。けれど、清光はすぐに刀を握り直した。何の成果もなく諦めて退却するわけにはいかなかった。この程度で敗北を喫してしまえば、主や本丸の評価が悪くなってしまう。彼女は自分の仕事の成果についていつも気にしていた。低い評価を受けてしまったら、きっとすごく落ち込んでしまうだろう。大切な彼女には、辛い思いをさせたくない。主への思いを胸に、清光は負傷しながらも決して退かずに戦った。

結果として、戦闘に勝つことはできた。しかし、全員が負傷し、部隊長の清光に至っては重傷を負ってしまった。そのまま、強制的に部隊は本丸へと帰還した。

 

血まみれの体を引きずりながら、一歩一歩前に進む。負傷した姿を見て少し心配をかけてしまうだろうけど、十分な戦果を挙げてきたのだろうから、喜んでもらえるに違いない。そんな気持ちを支えに本丸の門をくぐる清光。「お疲れ様、今日もみんなありがとう」と、出陣から帰ってくる度に主は温かく出迎えてくれる。早く彼女の顔が見たい。彼女の顔を見れば、傷の痛みなんて吹き飛んでしまうに違いない。ゆっくりと、いつものように玄関の前に立っている主の姿が見えてきた。小雨が降っているのに、傘もささずに自分たちを待ってくれている。嬉しさと安心からか、重たかったはずの足取りが少し軽く感じられた。

「主、ただいま。ごめん……みんな怪我しちゃったんだけど、でもちゃんと全員で帰ってきたよ。敵のボスもバッチリ倒してきたからさ」

清光が声をかけると、主の視線がこちらに向いて、目が合う。おかえりと笑いかけた主の唇は固まり、何か恐ろしいものでも見たかのように瞳がカッと見開かれる。ガタガタと、小さな肩が震え始めた。

「……えっ……」

労いの言葉も忘れて驚く姿を見て、清光は自分たちに怪我を負わせてしまったと主が責任を感じているのかもしれないと思った。彼女はいつもみんなを気にかけてくれる優しい人だから。でも、清光たちは刀剣男士だ。戦うことが生きる理由であり、主のためなら傷つくことなんてわけない。だから、気にしないでいいんだよ。そう声をかけようと清光は主にそっと手を伸ばす。

パシン。

一瞬、時が止まったように感じた。伸ばした腕は主によって払われ、虚しく空を切る。……拒絶、された。その事実を受け入れるのに、少々の時間が必要だった。敵に負わされた数々の傷の痛みよりも、胸を刺す痛みの方がずっと痛い。

その時の主の顔を、清光は今でもはっきりと思い出せる。彼女は明らかに清光に対して怯えていた。震える体が、涙を溜める瞳が、物語っていた。恐ろしい、と。

そのまま主は何も言わずに自室へと走り去って行った。引き留めることなどできなかった。追いかけることも、できなかった。誰も、何も言えない。今の自分たちは主にとって恐怖の対象でしかないと、その場にいる誰もが思い知らされてしまったから。長い沈黙の時間だった。雨音だけが、虚しく耳に響いた。

 

しばらくすると、傷だらけのまま玄関の前に立ち尽くしていた清光たちの前に、こんのすけが慌てて駆け寄ってくる。

「遅くなってすみません。主様はお加減が優れないようなので、こんのすけが代わりに手入れをさせて頂きます。さあさあ、皆様すぐに手入れ部屋に行きましょう」

それからのことは、あまり覚えていない。ただ、呆然としたままの清光に、

「清光くん、歩くの辛いよね? 肩、貸すから捕まって」と堀川が声をかけて手入れ部屋に連れて行ってくれたことだけは、ぼんやりと記憶している。

一日かけて全員の手入れが終わってからも、主が清光たちの前に姿を見せることはなかった。自室に籠ったまま、ただただ時間だけが過ぎていく。

彼女ともっとも親しくしていた清光は、部隊長だけではなく近侍も任されていた。だから、それから毎日扉越しに何度も話しかけた。怖がらせてしまってごめんと謝り、主の顔が見たいと懇願した。だが、一度たりとも返事は返ってこなかった。力づくで部屋に入ることもできなくはなかったけれど、年頃の少女相手に強引な手段をとれば却ってショックを与えてしまうかもしれない。帰還の時に向けられた怯えた瞳が、脳裏をよぎる。主に嫌われてしまうかもしれない。それだけは、絶対に嫌だ。だって、自分は主のための刀剣男士なのだから。扉に手をかけては臆病な気持ちが顔を出し、結局扉越しに声をかけ続けることしかできなかった。

 

そんな日が一週間続き、運命の日はやって来る。

その日は、朝から雲に覆われて空が暗かった。昼前になると雨が振り出し、清光はいつものように部屋の前に待機しながら、今日はあまり天気がよくなくて残念だけど、畑仕事しなくていいからたまにはこんな日もいいね、などと彼女に声をかけていた。いつもの通り返事がないまま時刻は昼を過ぎ、他の仲間たちと一緒に遅めのお昼ご飯を食べてくるねと声をかけて清光は席を外した。

昼食を終えて、これから先どうしようかという話になったので、六振りで今後のことを話しあった。本丸の全員で前回の出陣の反省会をした。そこで、あの時の失敗をこれからどう活かすか話す場を設けさせて欲しいと主にお願いするのはどうだろうかという話になった。同じ失敗は絶対にしないと、分かってもらいたい。六振りで話し合った結論を主に代表でお願いするのは、もちろん近侍たる清光の役目だ。ちゃんと聞いてもらえるか不安だったが、何度も自分に言い聞かせた。大丈夫、優しい彼女はきっと自分たちの提案を受け入れてくれる。一度ヘマをしたからといって、全てがダメになったわけじゃない。皆生きて帰って来れたんだから、いくらだってやり直せる。

少し緊張しながら広間から廊下へ出ると、ゴロゴロと雷鳴が聞こえた。みんなで真剣に話合っていたので、全く気づかなかった。主は、雷を怖がってはいないだろうか。心配になり早足で主の私室へ向かうと、一週間閉まったままだった扉が開け放たれていた。それを見て、清光の胸はこの上なく弾んだ。

(主!ようやく、ようやく部屋から出てきてくれる気になったんだね。この一週間、主と話したいことがいっぱいあったよ。まずはこの間のこと、謝らせてくれるよね? それから、みんなで話し合ったことをお願いしなきゃ)

緩む口角を隠すことなく、主と明るく声をかけて部屋の中に入る。ドオン、と近くに雷が落ちた大きな音が響いた。

――清光は、そこで二度目の絶望を味わった。

軽快に部屋に入った清光の足は、ピタリと止まる。愕然とした。そこに、大好きな主はいなかった。何度部屋の中を見渡しても、どこにもいなかった。

それだけではない。彼女の痕跡すら、その一切がなくなっていた。小さい頃両親にプレゼントしてもらったお気に入りなんだと大切そうにしていたクマのぬいぐるみも、毎日身だしなみを整えるために使っていた水色の鏡も、高校に入る時に友達とお揃いで買ったんだと言っていたピンクのペンケースも。何もかもが、なくなっていた。唯一、清光が初めてのお給料で彼女に贈った髪留めだけが、ポツンと文机の上に置かれていた。

……嘘だ。嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ。主が、自分たちを残していなくなるはずない。だって、本丸で初めて顔を合わせた時に、これから何があっても一緒に頑張ろうねと笑いかけてくれたではないか。畑当番を終えて土で顔を汚した清光たちを、いつもありがとうと嬉しそうにタオルで拭いてくれたではないか。初めて出陣して帰ってきた時に、お疲れ様と頭を撫でてくれたではないか。なのに、なのにどうして……。

ふと、後ろに誰かの気配を感じる。そんなわけないと頭では分かっているはずなのに、主かもしれないと思って振り返ってしまう。当然、淡い希望は一瞬で粉々に打ち砕かれる。

振り返った先にいたのは、感情を読み取ることのできない瞳でこちらを見つめる管狐だった。

「ご報告があります。急ではありますが、主様は審神者の任を辞して現世に帰られました。この本丸は、新しい審神者が引き継ぐことになります。皆様につきましては、新しい審神者が決まるまで本丸にて待機をお願いします」

こんのすけの無機質な声が、残酷な現実を告げる。

ザアザアと激しく降りつける雨が、清光の背を濡らしていく。水を吸った服が、冷たくなった体が、重い。

「主、困ったことがあったらなんでも俺に相談してね」

清光の言葉に嬉しそうに頷いてくれた彼女の顔が、頭から離れなかった。

 

それからしばらくの間、清光を含めた六振りの刀剣男士は主のいない本丸で手持ち無沙汰な日々を過ごした。どうして主は僕たちに何も言わずに出て行ってしまわれたのでしょう、と涙を流す短刀の背中をさすりながら、清光は何も言葉を返すことができなかった。

始まりの一振りで、近侍で、部隊長。一番近くにいた自分がもっと主に寄り添えていたら、こんなことにはならなかったんじゃないか。彼女が苦しんでいたことは分かっていたのに。嫌われたらどうしようなんて言い訳をして、彼女の心の中に踏み込むことを恐れていた。

……それに、自惚れていた。自分は刀剣男士の中で一番信頼されている。一番、愛されている。特別な存在だと思われている。だから、きっと最終的には自分を頼ってくれるはず。あの時はごめんね、これからまた一緒に頑張ろうと言ってもらえるはず。だって、清光は彼女のことを愛しているから。清光が愛した分だけ、彼女からも愛してもらえるはず。そう、信じていた。

何もかも、幻想だった。愛していたのは、清光だけだった。彼女にとって自分は、いざとなれば捨ててしまえるような存在でしかなかった。愛なんて、存在しなかった。ズキン、と鋭い痛みがこめかみを走る。

嫌なのに、思い出してしまう。何百年も前に、池田屋で折れてしまった刀身。もう修復できない、そう告げられた前の主は、申し訳なさそうに眉を下げながら清光を手放した。あの時と、同じだ。いつだって、自分は大好きなひとに捨てられてしまう。そういえば、人間の諺にこんなものがあったっけ。二度あることは三度ある。もし、また大好きなひとに捨てられてしまったら――。

最悪の想像をして、頭の中が真っ暗になった。嫌だ。もう、捨てられるのは嫌だ。耐えられない。そうなるくらいなら、自分の手で……。

気づけば、暗い鍛刀部屋の中で己の本体である刀を力強く握りしめていた。本体の刀が折れれば、刀剣男士の命は終わりを迎える。それを教えてくれた大切な彼女は、もういない。なら、自分が生きている必要なんて、ないんじゃないか。苦しむ審神者に何もしてあげられなかった無力な刀剣男士なんて、いなくてもなんの問題もないだろ?

張り詰めた心の湖に波紋を落とすように、トンと肩が叩かれる。ハッとして振り向くと、そこには堀川が立っていた。

「清光くん、探したよ。こんなところで何してるの?」

「なっ、何でもない。ちょっとぼーっとしてただけだよ。俺になんか用?」

「……そっか。えっとね、清光くんって主さんと一緒に戦績とか記録つけてたよね? そのやり方を教えて欲しいんだ」

「……そうだけど、なんで今さら」

「今までどうやって戦ってきたか振り返ったら、反省点も見えてくるでしょ? 次の主さんが来た時に、きっと役に立つと思うんだ。失敗を活かそうって前にみんなで話してたしね」

「……次の、主のために?」

「うん。僕たち、主さんとちゃんと向き合えていなかった。何が足りなかったのかって話し合えていなかった。だからすれ違ったまま、悲しい結果になってしまった。でも、一度間違えてしまったからこそ、次の主さんとは同じことが起きないように努力できると思うんだ」

……ああ、そうだった。失敗は次に活かそうって、みんなで話してたはずなのに。主に捨てられてしまったショックで、すっかり忘れてた。

「清光くんの力、貸してくれないかな。みんなで一緒に、次の主さんとまた一から頑張ろうよ」

こちらに手を伸ばす堀川の笑顔が眩しい。暗い闇へと引きずられかけていたはずの清光は、ギリギリのところで光の縁へと引き戻された。

 

それから数日して、新しい主がやってきた。縁戚に審神者を輩出している家柄の、若い青年だ。思い切って、顔合わせの場で主に今までのことを全部話した。もっとこうすれば良かったってことも含めて、全部。そしたら主は、微笑みながら宣言してくれた。

「辛いことを話してくれてありがとう。私はまだまだ未熟者なので、これから先間違えることもたくさんあると思う。だけど、どんな苦境もみんなで力を合わせれば乗り越えて行けると信じているよ。だから、私に力を貸してくれないか。遠慮なく、思ったことはなんでも伝えて欲しい。君たちの期待に応えられるような審神者を目指すと、今ここで約束しよう」

明るく誠実で、未熟ではあるがどこか頼もしさを感じるその人柄に、誰もが安堵し喜んだ。この主と一緒に、また一から始めよう。彼のために、自分たちの力を存分に奮って戦うんだ。刀剣男士として再び戦場に戻って戦うことができる。ああ、こんなに晴れやかな気分になれたのはいつ以来だろう。

最高のスタートを切れるはず、だったのに――。

 

清光の思考が途切れ、主の真面目な顔が視界に入ってくる。現実は、思考の海に浸っていたからといって変わってくれやしない。

主との新生活が始まった次の日、清光は突然倒れてしまった。まだ、戦いに出てもいないというのに。すぐに主が手入れを行ってくれたが、なぜか体調は一向に回復しない。体に上手く力が入らない。歩くのはなんとかできたが、戦うなんて到底できそうもなかった。

政府の役人が本丸にやって来て検査を行った結果、原因はすぐに判明した。霊力不足だ。どうやら、清光だけが前の主との霊力回路が残ったままで、それゆえに新しい主の霊力供給を遮断してしまっているらしい。このままでは、霊力が尽きて刀剣男士の形を保てなくなる。それはつまり、刀剣男士としての死だ。

どうして、自分だけがこんな目に遭わないといけないのだろう。清光は運命を呪った。いや、もしかしてこれは罰なのかもしれない。前の主を支えることができなかった己へ下された、罰。だとしたら、おとなしくそれを受け入れた方がいいんじゃないか。

「加州。君が何を考えているのかは知らない。だが、これだけは言っておくよ。私には君が必要だ。約束しただろう? みんなで力を合わせていこうと。君を欠くなんて、私は到底許容できないよ」

「主……」

ああ、なんで。主にこんなこと言われたら、断れるわけないのに。

「……その、なんで刀剣男士と、なの?」

「君は前の主との霊力回路が残ったままだ。故に私の霊力を受け取ることができない。だが、他の五振りは別だ。彼らは一度は前の主と霊力で繋がっていた。そんな彼らの霊力なら、君は受け取ることができる、という理屈らしい」

「……他の方法、ないのかなぁ」

「……残念だが。審神者と違って、刀剣男士は霊力を人に分け与える能力は低い。精力と共に霊力を放出する以上に効率の良い手段はないそうだ」

「……そっか。うー……」

「力になれなくてすまないね」

「何言ってんのさ。主はなんとかして俺が生きていけるための方法を探してくれたんだよ、感謝しかしてないって」

「そう思ってもらえたなら嬉しいよ。せめてこれくらいはしてあげたいと思って、もう話はつけてあるんだ。入って来てくれるかな?」

主がチラリと隣室への扉に目配せをする。どうやら誰かが隣の部屋に待機していたらしい。告げられたことがあまりに衝撃的すぎて、全然気づかなかった。

「はい」

凛とした声と共に、音を立てずに扉が開く。いつもの柔らかい笑顔ではなく、真剣な顔つきをした堀川がゆっくりと歩いてきて、主と清光の間に座った。

「霊力供給については、堀川にお願いしたよ。実行する内容はすでに説明済みさ。もし何か困り事があったら、いつでも私に相談してくれていいからね」

清光が提案を受け入れたことで些か安心したのか、目尻に皺を作って微笑む主。よろしくねと声をかける堀川にうんと返事をしながらも、心の中はとても平静ではいられない。

(なんで、堀川……!? いや、妥当だけどね? 堀川は新選組で使われていた時からの知り合いだし、そもそも他の四振りは短刀だし? 普通に考えて相手は堀川だよね、主の判断は正しいと思うよ。でもさ……仲が良いからこそ、せ、性交するって……めっちゃ気まずいじゃん……)

心の中で悶々と葛藤を繰り広げる清光の心を知ってか知らずか、じゃあ行こうかと告げる堀川の顔は、憎らしいくらいいつも通りだった。自分ばっかり意識して悩んでるなんて、なんかちょっと悔しい。いや、そんなこと言ってる場合じゃないのは、分かってるんだけど……。

 

「ちょっ、ストップ、ストーップ!」

あれからすぐに風呂に入って、様子がおかしい清光に対してどうかしたのかと尋ねてくる短刀たちになんでもないと取り繕い、部屋に戻って堀川と顔を合わせて緊張したのも束の間。堀川は特に緊張した様子もなくごく自然な流れとでも言わんばかりに清光を布団に押し倒すと、寝巻きを脱がせながら首元に顔を埋めてちろりと舐めてきた。思わず、声をあげてしまう。

「あっ、ごめん。首は嫌だった?」

「そ、そういうわけじゃないけどさ。その、俺の中に堀川の……えーっと、その……せ、精子……を、出せばいいんでしょ? だったら、いきなり入れちゃった方が早いんじゃない?」

「極論を言えばそうだけど、それだと清光くんがすごく痛い思いをすることになっちゃうから、僕は嫌だな」

「俺、刀剣男士だし。痛みくらい我慢できるって!」

「……ごめんね。僕は清光くんにこれ以上辛い思いはさせたくないから、そのお願いはきけないかな」

そうピシャリと言い放つと、堀川は首すじをつうっと舌でなぞりながら露わになった清光の胸から腰にかけて両手でゆっくりと撫でる。触れられた場所からゾワゾワとした不思議な感覚がする。なんだ、これは。初めての感覚に清光が戸惑う中、堀川の指が胸元へと伸びる。最初は、優しく撫でるように乳輪から乳首を愛撫された。清光の反応を伺って、徐々に乳首へと集中していく。ふにふにと円を描くように擦られて、だんだんと体が熱くなってきた。

「……なんか、手慣れてない? もしかして、経験でもあんの」

「まさか。でもまあ、昔はよくこういう場面を目撃はしていたからね」

そういえばそうだった。こいつの元々の主は大層な色男だった。脇差なら室内に持ち込まれることも少なくない。当然、嫌でも色々と目にすることはあっただろう。虫も殺さないような可愛いらしい顔をしているが、この男は紛れもなく鬼の副長の脇差なのだと実感させられる。

首を舐めていた舌が離れる。ゾクゾクとした謎の感覚から解放されて安心したが、甘かった。舌はすぐに標的を定めて、その先端をちろちろと刺激した。

「ヒャ、あ!……あっ、な、んで」

ビクビクと、舐められた乳首が震えているのがわかる。予期せず出てしまった大きな声に驚きながら、堀川の顔を見上げる。暗闇の中うっすらと見える、艶かしい笑顔。海のように透き通った綺麗な瞳は、今までに見たことのない情欲を確かに纏っていた。無意識のうちに、清光の全身が震えた。堀川がこんな顔をするなんて、想像していなかった。見てはいけないものを見てしまった気がして思わず顔を背けると同時に、堀川が清光の乳首を口に含んで舐め回し始めた。

「あっ、ゃ、ぁあっ、あっ、っん!」

気持ちいい。はっきりとそう感じてしまえるくらい、強い刺激だった。乳首を弄られるのがこんなにも快感を呼び起こせるなど、清光は知らなかった。堀川の舌が先端をツンツンと刺激するたび、じわりと胸から快感が広がっていく。もう一方の乳首をギュッと摘まれると、我慢できずに嬌声が漏れた。

「ちゃんと気持ちよくなってくれて良かった」

目を細めて笑う姿はいつもの堀川のようにさえ見えるのに、胸を弄り回す動きはどんどん激しくなっていく。息を乱しながら必死に責めに耐えていると、乳首を触っていた堀川の片方の手が、さらに下へと移動していく。

「勃ってるね」

その言葉と共に下着の膨らみをゆっくりと撫でられて初めて、己が勃起していることに気づいた。途端にかあっと顔が熱くなっていく。首と乳首を刺激されただけで興奮しているなんて、堀川はどう思っているんだろうか。いやらしい奴だと思われているんじゃないか。思わず、手で顔を隠した。たったそれだけで清光の気持ちを察したのか、頭を撫でながら優しい口調で諭される。

「恥ずかしいことじゃないよ。僕、嬉しいよ。清光くんに気持ち良くなって欲しいって思って頑張ったから、すごく嬉しい」

高くもなく低くもない声が、すっと耳に入っていく。なんでこの男は、清光が欲しい言葉をすぐにかけてくれることができるんだろう。嬉しさ半分、悔しさ半分だ。恥じらう気持ちをわかってもらえた嬉しさと、自分だけがこんなにも体や心を乱されてしまっている悔しさが混じり合っている。

下着越しの愛撫に快感と少しのもどかしさを感じ始めて堀川の顔を見上げると、チラリとこちらを見た堀川と視線が合う。

「そろそろ、脱がしてもいい?」

散々好き勝手に触っているのに、こういうところだけ律儀なのがいかにも堀川らしい。思わずクスッと笑うと、堀川は照れるように少し眉尻を下げた。さっきまで一方的にやられてた分、ほんのちょっとお返しができたかもしれない。

「……いーよ」

「ありがとう、じゃあ失礼するね」

言い終わらないうちに、下着にかけられた両手が一気に下ろされる。ぷるん、と反動で反り返ったモノが腹に当たる。気にしなくていいと言われたけど、やっぱり恥ずかしい。勃っているだけではなく先端から先走りまで滲ませていて、バッチリ感じていることが一目瞭然だ。

下履きを完全に脱がせると、堀川の手が清光の性器へと伸びる。慎重に、こちらの反応を伺いながらゆっくりと上下に擦られる。

「ほっ、堀川っ、んんっ……、そんなこと、しなくていいって」

慌てて静止しようとするが、堀川の手の動きは止まらない。

「このままだと辛いでしょ? それに、一度出した方がこの後のこともやりやすくなるらしいから」

正論で返されてしまうと、言い返すのは難しい。というか、だんだんと扱く速さが増していって、時折先端をくにくにと刺激されて、それどころではない。息は乱れて、熱が下半身にどんどん溜まっていくのが分かる。限界が、近づいている。

「……ぁっ、もっ、いいから、っ、出ちゃう、からっ、手ぇ、離して……っ」

「いいよ、我慢しないでそのまま出しちゃって」

裏筋を容赦なく擦られて、膨れ上がった熱が最高潮に達し、弾ける。勢いよく飛び出た精子は、堀川の手のみならず寝巻きまでもを汚していった。開放感と罪悪感が、胸の中で混ざり合う。

「ごめん……、手と服、汚しちゃって」

「気にしなくていいよ、どうせもう汗かいちゃってるから洗わないといけないし」

そう言いながら、堀川は手早く寝巻きを脱いだ。うっすらと、だが確かな筋肉がついている体が視界に入ってくる。清光の方が背は少し高いが、筋肉は堀川の方がある。薄暗い中で見えた少し浮かんだ腹筋が存外男らしく見えて、なんとも言えない感情に襲われる。今から、自分はこの男に抱かれるのかと思うと、無意識に生唾を飲んでいた。

清光が堀川の裸体を見ている間に、堀川は裾から取り出した容器から液体を手のひらに取り出して広げていた。流石にそれが何か分からないほど無知ではない。

「じゃあ、入れるね」

清光の足が広げられて、下腹部が全て曝け出された体勢になる。自分で見たことない部分まで全て見られているという羞恥心から、思わず顔を背ける。ぴと、と温かい感覚が触れたと思ったのも束の間、ゆっくりと堀川の指が入ってきた。今まで感じたことのない異物感に、腰が引けてしまいそうになる。その反応を見て、堀川がすぐに声をかけてきた。

「大丈夫? 痛い?」

「痛くはない……けど、なんか変な感じ」

「……そっか。なるべく早くするけど、痛かったら言ってね」

指を進めながら、堀川は清光の頭を撫でてくれる。そういえば、頭を撫でられるのは久しぶりだ。指の感触が心地よくて、下腹部の異物感が少し和らいだ気がする。こういう心遣いができるのが、堀川の良いところだ。最初はなんで堀川、なんて思ったけど、堀川が霊力供給の相手で良かったのかもしれない。彼以上に優しさや安心感を与えてくれる男を、清光は知らない。

とん、と堀川の指が胎内の膨らんだ一点に触れた瞬間、体がビクンと震えた。初めての感覚に、戸惑いが隠せない。なんだ、今のは。

「もしかして、ここ気持ちいい?」

「わ、わかん、ない……」

性器を刺激する時とは違うこの感覚は、果たして気持ちいいというものなのか。その疑問に対する答えは、すぐに明らかになった。

少なくとも嫌な感覚ではないのだろうと判断した堀川は、今度はすりすりと指の腹で膨らみを擦り始めた。その瞬間、自らの意志とは関係なく、嬌声があがった。

「ヤァあああっ! あ……、なに、あっ、あぁあっ、ヒャ、あぁ」

指の動きに合わせて、ビクビクと体が震え、喘ぎを放つ。正直に言って、陰茎を触る時よりも強い快感だ。思わず腰を引こうとするが、堀川の空いた方の手にあっけなく捕まえられてしまう。せめての抵抗に、両手で口を押さえた。堀川はチラリと清光の方に視線を向けながら、そのまま指先で膨らみを撫でるように刺激した。ピクピクと腹筋が震えて、中が収縮しているのがわかる。

「……く、……ぅ、んんっ、そこばっかやだ……へんに、なりそ」

「変じゃないよ。誰かに触れられて気持ちよくなる。人間ってそういうものだから」

優しい声色で囁かれながらトントンと指で突かれると、熱に浮かされて堪らず嬌声が喉をつく。

「あっ、ンあ!んっ、ああっ!!」

「ん、良かった。ちゃんと中でも気持ちよくなってきてくれたみたいだね」

嬉しそうに微笑みながら、さりげなくもう一本指が追加される。バラバラに動かして中を広げる動きが、もどかしい。

「ほりかわっ、もう、挿れていいから、……っ」

「ダメダメ、さっきも言ったけどちゃんとほぐさないと。自分で言うのもなんだけど、僕のモノ、そんなに可愛くないからね?」

爽やかな笑顔で恐ろしいことを言ってくるものだから、返事に詰まる。そう言えば、風呂に入る時はみんなマナーとして腰にタオルを巻いているから、堀川のブツがどんなものなのかは見たことがなかった気がする。でも、自分と大して変わらないどちらかといえば小柄な体格だし、サイズもそんなに変わらないとは思うのだが。

清光が考え事に気を取られているうちに、いつの間にか三本に増えた指が慣れた手つきで前立腺を愛撫する。指の動きに合わせてあがる喘ぎは、両手で口を押さえても我慢することができなくなっていた。

尻を弄られてこれ程まで感じてしまっているという事実が、知らず知らずのうちに清光を興奮させていく。先ほどまで食いしばるように堀川の指をギュッと締めていたはずの入口は、ゆるゆるとなすがままに指の抽送を受け入れている。指を咥える力が緩んできたことを確認して、堀川は一気に指を引き抜いた。急に出ていってしまった指を求めて蕾が震えてしまう。

下着を脱ぎ捨てた堀川の股間でぬらつく影が、眼前に大きく映った。

(……え、嘘。嘘でしょ? いや、確かに可愛くないって自分で言ってたけどさ。いくらなんでも可愛くなさすぎだろ。俺のよりぜんっぜん、大きいじゃん。可愛い顔してなんて凶悪なモノぶら下げてんだよ!)

清光が心の中で盛大にツッコミを入れている間に、堀川がピンと勃ちあがった自身を掴みながら近づいてくる。アレが自分の中に入ってくるのだと思うと、いくら刀剣男士といえど流石にちょっと怖い。すぐに挿れちゃっていい、なんて言ってしまった自分はなんと愚かだったのだろう。こんな巨根が慣らさずに尻の穴に入るわけがない。

「なるべく痛くないようにするけど、我慢できなくなったら言ってね?」

そう言いながら頭を撫でられると、ガチガチに緊張して強張っていた体から少し力が抜ける。その変化を見逃さず、堀川はゆっくりと侵入を始めた。指よりもはるかに太い侵入者に、清光のナカは驚いたようにギュウギュウと締め付けて追い返そうとする。本能的に、こんな太いものを入れられてはまずい、と感じているのだろう。

それでも堀川は一度腰を引いたかと思えば戻ってくる動きを繰り返して、着実に奥へと進んでくる。痛みは感じるが、我慢できないほどではない。ふうふうと息を吐いて痛みを逃がしていると、清光の乱れた前髪を横に流しながら、大丈夫?と心配そうな声がかけられる。

「ん、だい、じょーぶ」

「本当に? 無理してない?」

「してない……でも、これまだ全部入ってないの」

「もうちょっとだよ」

「はあ……こんなおっきいなんて、聞いてないんだけど」

「僕、大脇差だからね」

それを言ったら俺は打刀なんだけど、と言いかけると、堀川の動きが止まった。

「……これで、全部だよ」

みちみちと腹の中が堀川の剛直で埋め尽くされている。なんともいえない感情が、じわじわと生まれてくる。

お腹の中が圧迫されて、少し苦しい。セックスって思っていたよりも大変なんだなと思っていると、堀川が清光の首筋に舌を這わせてくる。ゾクゾクとしたのも束の間、今度は胸に手が伸ばされる。先ほど可愛がられた乳首はぷっくりと盛り上がっており、コリコリと押しつぶされるだけで痺れるような刺激が生まれる。

「ぁっ、や、ほりかわっ、なに、してんの……!」

「今動かしたらきっと痛いだろうから、他のところで気持ちよくなって欲しいなって思って」

「そ、んなこと、しなくても、いいのに……っ!」

「痛いだけじゃ辛いでしょ? 僕は清光くんに苦しい思いをして欲しくないから」

言いながら、グニっと乳頭を押しつぶされる。気持ちよくって、ナカがギュッと締まる。だんだんと、苦しいよりも気持ちいいが勝っていく。両手で乳首を可愛がられて、舐められて、吸われて。どんどん喘ぎが大きくなっていく。どんどん気持ちよさが大きくなっていく。

「もうそろそろ、大丈夫かな」

その声を合図に、堀川がゆっくりと腰を引く。ずるずると抜けていく熱に、内壁が引き留めるように絡みついていく。さっきまで追い返そうとしていたのが嘘みたいに、堀川の陰茎に媚びている。己の体は、一体どうなってしまったのだろう。

亀頭が抜けかけたところで動きが止まったかと思うと、一気にナカを突かれる。トン、と前戯の時にたっぷり可愛がられた膨らみを先端で刺激される。

「ぁあっ、ぁ、や、ああっ!だめっ!そこダメェっ!」

「ダメなの? 気持ちよくない?」

「ひゃあ、ぁっ、きもち、ぃ、から、ダメェ……っ」

「気持ちいいのは悪いことじゃないよ。ね?」

言い聞かせるようにトントンと前立腺をノックされて、ビクビクと体が跳ねる。意識が飛びそうなほどの強い快感に眩暈がする。上へ上へと本能的に逃げようとする腰をがっちりと掴まれて、容赦なく奥に肉杭を打ちつけられる。絶え間なく与えられる刺激を前に、理性などとうに溶けてしまった。

「ぁ、んぁ、ヒャ、ぁッ、いき、そっ……」

「はぁっ……、僕も、そろそろ、かな……」

熱を帯びた瞳が清光を捉えた。

知らない。こんな色っぽい堀川、知らない。程良くついた筋肉も、ところどころ節ばってゴツゴツとした指も、清光を呼ぶ掠れた声も。

何もかもが艶やかで、悔しいけれどかっこよかった。こんな男に抱かれているんだと思うと、体が余計に熱を持つ。思わず、背中に手が伸びた。縋り付くように手を回すと、堀川は少しだけ嬉しそうに笑って、腰の動きを速めてくる。

「――っ、ぁ、いくっ、も、いく……っ」

「うん……っ、一緒に、いこうね」

ごり、と前立腺を激しく擦るように責め立てられて、清光は限界を迎えた。ビュルルッと陰茎から吐き出された精液が、己の腹を汚していく。仰け反りながら快感に震える胎内に、熱がぶわっと広がっていく。ぱしゃぱしゃと内壁を叩く熱の気持ちよさに身を委ねながら、清光の意識はゆっくりと沈んでいった。

 

一日の始まりを告げる鳥のさえずりが聞こえてゆっくりと目を開くと、いつもの天井が視界に広がる。もう朝か、今何時だろうと上半身を起こしたところで、体の変化に気づいた。霊力不足で常にだるかった感覚が、綺麗さっぱり消え失せている。体の中に霊力がきちんと流れているのを感じる。腕を上げるのも、指先を動かすのも、なんの辛さもない。こんなに調子がいいのは、いつぶりだろう。堀川のおかげだな、と思い横を見ると、すやすやと穏やかな表情で寝ている堀川が目に入る。いつも通りの堀川国広だ。昨晩の色気は、一体どこにいったのやら。でも下腹部、特に尻のあたりに少し違和感が残っているから、あれは夢なんかじゃない。残念だけど。

イッてしまった後すぐに寝てしまったようだが、清光はきちんと寝巻きを着ていて、体も綺麗になっている。多分、堀川が綺麗にしてくれたんだろう。ありがたさを感じると同時に、申し訳なさもある。

すると、うーんという声と共に、閉じていた瞳がゆっくりと開く。浅葱色の瞳に、清光が映った。

「……おはよう、清光くん。調子はどうかな?」

「おはよ。大丈夫だよ、ちゃんと霊力は受け取れた。ほら、前みたいに体動かせてるでしょ?」

「本当だね。よかったー……万が一上手くいかなかったらどうしよう、ってちょっと不安だったから……。本当に良かった」

安堵の息を吐きながら嬉しそうに目尻を下げて笑う堀川を見て、清光も自然と笑みが溢れる。そこまで自分のことを心配してくれたのかと思うと、素直に嬉しい。堀川が相手で良かった、と思いながら、清光は軽快に立ち上がった。

 

「そうかそうか、上手くいったんだね。良かったよ!」

問題なく霊力を受け取れたと報告すると、主はすぐに立ち上がって清光の肩を叩きながら満面の笑顔を見せてくれた。主にこんなにも喜んでもらえたのなら、少々の気まずさを我慢してことを成し遂げた甲斐もあったものだ。喜ぶ清光であったが、その喜びは次の主の発言で吹き飛ばされることになる。

「だいたい三日に一度の頻度で性交渉をすれば霊力不足にはならないと聞いているよ。これからもその頻度を守りながらよろしく頼む」

「…………えっ? ねえ、ちょっと待って。主……、俺の聞き間違いかな。今、『これからも』って言った?」

「あれ、言ってなかったかな? ごめんごめん。堀川には伝えていたんだが、うっかりしていたよ。ひとまず昨晩のことで霊力は供給されたけど、刀剣男士として生きる以上は霊力を消費して生きていくことになる。私の霊力を君が受け取れない以上、堀川から供給してもらわないとまた霊力不足になってしまう。手間をかけさせて申し訳ないが、そういうことなのでよろしく頼むよ」

……嘘だと言ってくれ。てっきり一度だけだと思っていた。一度だけだと思っていたからこそ、恥ずかしくても我慢できたのに。これからずっと定期的に堀川に抱いてもらわないといけないなんて。でも、嬉しそうに頷く主に向かって、それは無理、だなんて言えない。優しい主の心遣いを無碍にするなんて、自分にはできない。だって、自分は主の刀剣男士だから。分かったよ、と口の端を引きつらせながら清光は何とか返事をした。

 

清光の体の問題が一応解決したということで、本丸は新しい主の元でようやく再出発を果たした。早速新しい刀剣男士が次々と鍛刀され、安定や和泉守、長曽祢と言った顔なじみの刀たちも新たに加わり、互いに切磋琢磨しながらぐんぐんと戦力を上げていった。もちろん、清光と堀川の関係は主以外誰も知らない。尤も、三日おきに堀川と体を重ねているなど、もし誰かに言ったとしても信じてもらえるかもわからないが。お互い夜に出陣や遠征が重なることのないように主が調整してくれているので、今のところ不都合を感じたことはない。

一度だけ、安定に「もう寝るの? 今日は随分早いけど何かあるの?」と聞かれた時は内心ヒヤッとしたが、あんまり遅くまで起きていると体によくないから、なんて理屈をつけてなんとか誤魔化した。堀川の方は元々朝早くから活動している習慣があるからか、早めに休むと言っても誰からも不思議がられることはなさそうだ。相棒である和泉守にも自分たちの関係を察せられているようには思えない。

何度やっても気持ちの面で慣れることはないのだが、体の方は回数を重ねるごとに堀川のモノを受け入れるのに抵抗がなくなってきている。苦しくないのは有難いけど、喜ぶべきかと言われれば微妙なところだ。

でもこのまま過ごしていれば、今度こそみんなで主を支えていける。だから、これで問題ない。ようやく取り戻した日常を謳歌していたある日、清光は遠征先で倒れた。

 

重たい瞼が、ゆっくりと開く。目に入ってきたのは、見慣れた天井。どうやら、本丸にはちゃんと帰って来れたらしい。ホッと安心しながらも、頭の中に後悔が押し寄せてくる。遠征先で頭がぼーっとしてるなと感じた時、すぐに休めば良かった。そのまま体の異変を無視して任務を続行したばっかりに、急に意識が薄れていって倒れたところまで覚えている。どうしたの清光、と心配そうに体をゆすってくれた安定や他の隊員たちには申し訳ないことをしてしまった。後で謝っておかないと。

ふと、近くに誰かの気配があることに気づく。気配のする方に体を向けようとしたが、体に力が入らず思うように動かない。これはだいぶまずい状態だなと焦りに駆られる中、優しく声がかけられる。

「加州、目が覚めたんだね。君の体の不調に気づかずに遠征に行かせてしまって本当にすまなかった」

深々と頭を下げる主を見て、一層情けなさが込み上げてきた。主にこんなことさせてしまうなんて、自分はなんて無力なんだろう。刀剣男士としてあるまじき失態だ。

「主……。謝んないでよ、しんどいって自覚はあったのに無理しちゃって報告できなかった俺が悪いんだから」

「いや、部下の異変に気づくのは上官たる私の務めだよ。今の君からはほとんど霊力が感じられない。体を動かせないのは、そのせいだろう」

「どうして? ちゃんと言われた通り三日おきに霊力供給してもらってたのに……」

「……確認させて欲しいのだが、最後に堀川から霊力を供給してもらったのはいつかな?」

「えーっと……確か一昨日かな」

「そうか。恐らくだが、三日に一度というのは通常に過ごす場合の目安なのだろうね」

「……どういうこと?」

「昨日と一昨日、加州には出陣部隊に入ってもらった。そして今日は遠征に。出陣と遠征は当然ながら最も霊力を使う仕事だ。確か、今まで君に三日連続で出陣や遠征をしてもらったことはなかったと記憶している。だから、いつもより霊力を使いすぎてしまったんだろう」

「そんな……」

「これからはもう少し出陣や遠征に行ってもらう頻度を下げるようにするよ。それで解決するはず……」

「嫌だ!」

主の言葉を遮って、咄嗟に声をあげる。まさかそんな反応が返ってくると思っていなかったらしい主は、少し目を大きくしながらこちらを見つめている。

「俺……、主の役に立てないなんて嫌だよ」

「何を言ってるんだ、君は十分私のために働いてくれているよ」

「でも、戦うのが刀の本分でしょ? それが思うようにできなくなるなんて、俺は嫌だ……ッ! 俺、もっと主の力になりたいよ……。だからお願い。俺を出陣や遠征部隊から外すのはやめて」

「……加州。君の熱意は分かった。私の力になりたいと思ってくれるその気持ちはとても嬉しい。だが、君が出陣や遠征を続けるためには、堀川にさらに協力してもらうことが必要になるよ? まあ、彼ならきっと分かってくれると思うけどね」

「……分かってる。堀川には、俺の方から話すよ」

「いいのかい?」

「うん。これは俺のわがままだから」

「……分かった。じゃあ、すぐに堀川を呼んでくるよ。どの道早く彼に霊力供給をしてもらわないといけないしね」

「ありがとう、主。その……俺のわがまま、許してくれて」

「何言ってるんだ、これくらい当然のことさ。私は君の主なんだからね」

ニコリと微笑みを向けた後、主は静かに部屋を出ていった。

それから数分後、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。入るね、という言葉と共に堀川が音を立てずに入室する。横になったままの清光を見て一瞬だけ険しい表情を浮かべ、すぐに清光の近くに駆け寄って手を握られた。

「主さんから、清光くんが遠征先で倒れたって聞いたよ。他のみんなも心配してた」

「……あー、そりゃそうだよね。まいったな、安定とかに後でなんて説明しよう」

「大丈夫、倒れた原因はちゃんと主さんが誤魔化してくれたから。みんなに知られる心配はないよ」

「……そっか。なら、良かった」

「しんどいよね? 待ってて、すぐに楽になるようにするからね」

寝ている清光をそっと抱き寄せる堀川に、自然としながれかかるように体を預ける。堀川の匂いを感じて、体の力が抜けていく。しんどかったねと頭を撫でられて、思わず涙が出そうになった。迷惑をかけているはずなのに、なんでみんな自分を責めないんだろう。涙を堪えるためにギュッと目元をしかめたのを体の辛さからと思ったのか、堀川は少し真剣な表情のまま手早く寝巻きを脱がせて体に触れ始めた。いつもは首や耳、乳首から丁寧に愛撫してくれるが、今日ばかりはすぐに下着を脱がされてまだ柔らかいままのものを上下に揺さぶられる。

ゆっくりと熱を帯びて硬くなっている方に意識を向けているうちに、窄まりの方にもう片方の手の指が伸びる。ヒクヒクと反応を示した直後、ぬるりとしたものが胎内に差し込まれる。なるべく早く挿れられるようにと、性感帯を擦ることよりも中を拡張することに重きを置いた動きだった。静かな室内で、ぬちゃぬちゃという水音と清光の呼吸音だけが聞こえる。いつまで続くのだろうかと思い始めた頃、堀川の指がゆっくりと抜けていく。そのまま濡れた指先で己の猛りを数度扱いたかと思うと、すぐにピトリと清光の尻に当てがわれる。

「じゃあ、挿れるね」

清光の返事も聞かないまま、ぐっと大きな熱の塊が押し込まれる。もう幾度となく受け入れてきた熱の来訪に、清光の胎内はすぐに歓迎の意を示す。まとわりつくように吸い付いたかと思うと、絞り取るようにぐっと食い締める。そのねだるような動きに応えるように、堀川も襞に擦り付けながら抽送を始めた。ごり、と雁首で前立腺を刺激されると、動かないはずの体がびくんと跳ねる。思わず、堀川の首に手を伸ばした。力の入らない腕で懸命に掴まる清光を見て、堀川は少し微笑みながらさらに突き上げるスピードを早めた。

「ぁ、堀川ッ、ほりか、わっ……」

「……ッ、もう、ちょっとだから、頑張って」

パチュパチュと叩きつけられるような音と、ぐりぐりと奥を刺激される感覚に、気持ちも体も昂っていく。早く、堀川が欲しい。腹の中に欲望を撒き散らして欲しい。残された力を振り絞って足で堀川の腰をホールドするように抱きつく。すると、堀川の熱がビクンと震え、清光の体を抱きしめながら精を放った。同時に、清光の先端からも白濁が飛び散る。

トプトプと胎内に広がる堀川の霊力が、見るみるうちに全身に広がっていく。冷たかった体に熱が灯る。心地よさに意識が沈みそうになるが、堀川にこれからのことを話さなければいけないということを思い出し慌てて体を起こした。急に起き上がった清光を、堀川が心配そうに見つめる。

「清光くん、大丈夫? 今ので体のしんどさは治った?」

「うん、大丈夫だよ」

「良かったー……。本当にごめんね、清光くんの不調に気づけなくて」

「何言ってんの、堀川のせいじゃないよ。無理しちゃった俺のせいだって」

申し訳なさそうにしゅんと俯く堀川を見て、思わず愛おしさが込み上げてくる。清光の言葉の通り、彼に落ち度などない。むしろこんなにも協力してくれている堀川にはもっと感謝しないといけないくらいだ。だから、追加のお願いをするのは心苦しかった。きっと、堀川は清光の頼みを受け入れてくれる。彼は、とても優しいひとだから。

「堀川……あのね、お願いがあるんだけど」

「お願い?」

「今回倒れちゃったのは、出陣とか遠征が続いたことで霊力を消費しすぎちゃったからなんだって。でも、俺……出陣や遠征の回数を減らすの、嫌なんだ。主の役に立てる、頼りになる刀でありたい。だから、本当に迷惑な話だってのは分かってるんだけど……」

気まずさを抱えながら堀川の腕を掴む。こちらを覗き込む堀川と、目が合う。少し意外そうな顔をした後、清光が続きを告げる前に、もちろんいいよと快活な返事が返ってくる。

「えっ」

こんなすぐに返事をもらえるとは思っていなかったので、呆気に取られてしまった。

「清光くんは責任感のある刀だ。主さんのために戦って役に立ちたいって誰よりも頑張ってる。それは、近くで見ていた僕が一番よく知ってるよ。僕にこのお願いをするのは、すごく勇気が必要だったと思う。でも、君はちゃんと自分の口で頼んでくれた。清光くんが僕の力を求めているなら、それに応えるのは仲間として当然のことだよ。だから、そんな申し訳なさそうな顔しないで?」

当然のように快諾してくれた堀川は、清光にとって眩しい存在だった。仲間。そう、仲間だから。仲間だから、堀川は自分のこんな頼みも聞いてくれるのだ。

ありがたいことのはずなのに、何故かモヤモヤする。なんでなんだよ。堀川は最大限清光の意向に配慮してくれているというのに。

「じゃあ、どうしようか。一度にする回数を増やすか、する頻度を増やすか、の二択だと思うけど。清光くんはどっちがいいかな?」

「うー……」

まとめてやっちゃった方がいいのかもしれない。でも、それだと一晩で堀川に何度も射精を強要してしまうようなものだ。時間がかかるだろうし、堀川の体の負担になるかもしれない。それなら、毎晩してもらった方が、まだ彼の体にかかる負荷は低いんじゃないだろうか。毎晩するって決めたほうが、うっかり忘れてしまうこともないだろうし。

「じゃあ、頻度を増やす方向でオネガイシマス」

「分かった。これからは毎晩清光くんのお部屋に行くようにするね。あっ、もちろん誰かに見られないように気をつけるから、安心して」

あっさりと了解してくれる堀川には、頭が上がらない。おおよそただの仲間に要求するには重すぎるお願いを、なんでもないことのように受け入れてくれる彼がいなければ、自分は今こうしてここにはいられなかった。果たして、逆の立場だったら清光は堀川のようにしてあげられただろうか。正直、あまり自信はない。

汗や体液で濡れた清光の体を丁寧に拭いている堀川に聞こえないように、小さくありがとうと囁いた。

 

その日から堀川と毎晩性交をするようになり、清光の調子は安定した。出陣や遠征が続いても体がしんどさを訴えることなく、順調に本丸の一員として主のために務めを果たせ流ことができて、清光はこの上なく幸せだった。

全てが順風満帆というわけではなかったけど、なかなか攻略できない戦場が出てきても、今度は本丸のみんなでどうすればいいか意見を出し合い、試行錯誤を繰り返すことで乗り越えることができた。決して前と同じ轍は踏まない、という清光たちの強い思いが実を結んだ結果だと思うと、嬉しくて堪らなかった。

その夜、清光は酔っ払っていた。ずっとボスを倒せないでいた池田屋の戦場を攻略できた戦勝祝いにと、主が宴会を開いてくれたのだ。部隊長として隊を率いた清光を、主はよくやったねと褒めてくれたし、他の刀剣男士たちはお疲れ様と労ってくれた。そこまでは良かったのだが、ここまで長かったよねと今一番話をしたい相手がなかなか捕まらない。酒の配膳をしているかと思えば、声をかけられた方に行って話の聞き役に徹している。堀川国広という男は、とにかく忙しい。細やかに気がきく彼がみんなから頼られ好かれているのは当たり前なのだが、どうも気になる。ちょっとくらいはこっちに来てくれたっていいんじゃないか。勧められた酒と一緒に不満を喉の奥に飲み込んでいると、いつの間にか視界が少し歪んでいる。横に座っている安定に、ちょっと飲み過ぎじゃないのと言われても、うまく返事を返せない。

「もー、酔っ払い。限界超えて飲まないでよね」

「だってー……」

いつものように安定と軽口を叩き合うことすらできずにフラフラと揺れる清光の背中を、安定が仕方なさそうに支える。安定のなんだかんだ優しいところに少々甘えていると、後ろに人の気配を感じた。酔ってるからか霊力探知がうまくできない。誰だろう。

「清光くん、大丈夫?」

聞き慣れた声が聞こえて、ちょっとだけ鼓動が速くなる。来るのが遅いよ、ばか。

「だいじょーぶー……」

「うーん、あんまり大丈夫そうじゃないね」

「ほんと、酔っ払いって嫌だよねー。明日ちゃんと文句言っておかないと」

「あはは、安定くんは清光くんに厳しいね」

「だって、そうしないとこいつ調子に乗ってまた同じことやりそうなんだもん」

安定の話を聞きながら、堀川はふらつく清光に時々視線を向けてくる。ちゃんと心配してくれているらしく、少し心が満たされる。

「ああ、清光なら僕が面倒見とくから大丈夫だよ。堀川さっきから働き詰めだったし、疲れてるんじゃない? もうそろそろ休んだら?」

堀川とゆっくり話せないのは残念だけど、飲みすぎたのは自分の責任だし、仕方ない。残念だけど今の状態じゃまともに話せそうにないし。明日は出陣も遠征もないから、堀川との日課も一日くらい空けても問題ないだろう。安定の肩にもたれながら、清光はぼーっと堀川の様子を眺める。

清光のことをチラリと横目で見る堀川と一瞬目が合う。ほんの少しだけ、滅多に怒ることのない彼の眉間に皺が寄ったような気がした。

「安定くんはまだ元気そうだし、飲み足りないんじゃないかな。僕が部屋に帰るついでに清光くんをお部屋まで送り届けて寝かせるよ」

「堀川に迷惑かけるのは悪いよ。清光が飲まされてるのを止めなかったのは僕の落ち度だし、こいつのことは僕に任せて」

「全然迷惑なんかじゃないから、大丈夫だよ」

笑顔を崩さないまま、堀川は強い語気できっぱりと言い切った。こんな堀川、初めて見た気がする。お酒の席でなにかあったんだろうか。

「あー……じゃあ、お願いするよ。ほら清光、立って。堀川が部屋まで連れてってくれるってさ」

清光が酔った頭で考えている間に、堀川が送ってくれることになったらしい。肩を支えられたかと思うとそのまま堀川におんぶされ、大広間の喧騒が次第に遠ざかっていく。背中から柔軟剤の香りと、そこに少しだけ混ざった堀川自身の匂いがして、安心したまま脱力して彼の肩に頭を乗せる。酒で火照った顔に夜風が当たって気持ちがいい。このまま寝れたらさぞかし幸せな夢が見れそうだ。そんなことを思っているうちに、あっという間に見慣れた部屋が見えて来た。すぐに布団の上に下ろされて、もう少し堀川におんぶされていたかったなぁ、なんて子供じみたことを思ってしまう。

すると、視界が突然暗くなった。堀川の顔が眼前に映る。……近い。寝かされた清光の上に覆い被さるように、堀川が顔を近づけているらしい。

「清光くんは、安定くんのことが好きなの?」

「……え?」

お酒のせいで頭がうまくまわらない。俺が、安定のことが好き? 好きって、それは仲間としてってこと?

「……ごめん。今の言葉は聞かなかったことにして」

切なげに目を伏せる堀川から、目が離せない。なんでそんなに悲しそうな顔をするんだろう。言葉に出したいけれど、ふわふわとした意識が薄れていく。清光の記憶は、そこでぷつりと途切れた。

 

……あー、頭が重い。ガンガンする。清光は重たい瞼を開いてゆっくりと起き上がる。体も心なしか重く感じる。昨日は確か、宴会があって。そうだ、飲みすぎて酔っ払っちゃった気がする。噂に聞く二日酔いって、こんなにしんどいんだ。人間の体って不便だな。もう二度と、お酒は飲みすぎないようにしよう。反省して立ちあがろうとすると、ズキっと体に痛みが走る。腰まで痛いって、何かやっちゃったっけ。残念ながら昨夜のことは断片的にしか思い出せない。寝巻きに着替えてるってことは、ちゃんと寝る準備ができるまで意識はあっただろうに。

諦めて気だるい体を引きずりながら洗面所に向かうと、先客がいた。顔を洗い終えてタオルで拭いている堀川におはよーと声をかけると、ビクッと肩が跳ねる。慌ててタオルを下ろした堀川はいつもの笑顔でおはようと返事をした。

何かあったのだろうか。……もしかして、酔っ払った勢いで堀川に何かしてしまった、とか。

「あのさ……昨日、堀川になんかしちゃった? 俺、酔ってたからあんまり覚えてなくて」

「ううん、何もないよ。酔っちゃった清光くんのことをお部屋まで送り届けただけ。二日酔い、大丈夫?」

「けっこーしんどいね、これ。しかも頭だけじゃなくて腰まで痛いし。なんでかなー……」

「酔っ払ってどこかにぶつけちゃったのかもね。今日はお休みの日だし、ゆっくり休んでね」

それだけ言うと、堀川はそそくさと立ち去ってしまった。引き留める間も与えない素早さに呆気に取られる。明らかに様子がおかしい。いつもの堀川ならもっと清光のことを心配してくれそうなものなのに。訝しみながらも、清光は遅れてやってきた安定に昨日のことでお小言を受けているうちに、そのことを忘れてしまった。

 

「はー……。絶対なんかあったよな。なんで教えてくれないんだろ」

大きな木に背中を預けて座りながら、思わず清光は呟いた。先ほどまでの戦闘で負った擦り傷さえ気にならないほど、清光は悩んでいた。内容はもちろん、堀川のことだ。

あの宴会の日以来、堀川は清光に対して様子がおかしいように思う。日中に顔を合わせてもどこかぎこちなく、何かと用事があるのだとすぐにどこかへ行ってしまう。毎晩の霊力供給だって、前はもっと丁寧に丁寧に清光の理性がぐずぐずに溶けるくらいまで前戯をした上で挿入していたのに、今はなるべく早く終わらせるようにしている。どこか遠慮しているような、そんな空気を感じる。負担を掛けてしまっている自覚はあるから仕方ないのかもしれないが、こんな急に態度が変わるなんておかしい。

きっと堀川の気に障るようなことをしてしまったに違いないと、ことが終わって帰ろうとした堀川を引き留めて聞いてみたこともある。自分が何かしてしまったのなら謝らせて欲しいと何度も言ったけど、「何でもないよ、清光くんは何も悪いことしてないんだから謝らないで」と笑って流されるだけ。何でもないはず、あるわけないのに。誰に対しても優しい堀川の様子が清光に対してだけおかしくなるなんて、何か理由があるに決まっているのに。どうして、何も言ってくれないんだろう。どうしたら、堀川は本当のことを話してくれるんだろう。

水を飲み干して空になった竹筒を握りしめながら考え続けるが、答えは出てこない。せっかくの休憩時間なのに、全く気が休まる気がしない。この悩みごとが解決されない限り、きっと気分は重たいままだ。

ふと、視界の端に何かが入り込んできた。瞬く間に近づいてきたそれが、眉間を押す。こんなことしてくる奴はひとりしか心当たりがないので、何すんだよーと文句を口にしながら視線を上に向けた。予想した通り、しゃがみかけたままの姿勢で清光の額に指を押し当てているのは安定だった。そのままグリグリと眉間を押してくる。

「皺、寄ってるよ」

「うっさい、好きで寄せてるんじゃないよ」

「まーそりゃそうだろうね」

口を尖らせて不満げな表情の清光を揶揄いながら、安定が横に座ってくる。軽口を叩いてはいるけど、多分清光のことを気にしてくれている。かつて同じ主に使われていたもの同士、感じとれるものがあるのだろう。

「そういえば、この間の宴会の時なんだけどさ」

しばらく黙っていた安定がそう口を開いたのと同時に、ガサガサと草をかき分けて走ってくる音がした。思わず二人で音の方へ視線を向けると、慌てた様子で走ってくる部隊長の長曽祢が見えた。その後ろを走る愛染、鯰尾、獅子王のさらに後ろから、迫り来る何者かの気配も感じる。重苦しい敵意が刺してきて肌がピリピリする。

「加州、大和守、敵襲だ! 奴らかなり強い、退くぞ!」

そう叫ぶ長曽祢たちはすでに傷を負っており、軽く見積もっても中傷にはなっている。清光と安定はすぐに立ち上がり、長曽祢たちの後ろについて走り出した。敵の接近にもっと早く気づけなかったことを後悔するが、そんなことをしている場合ではない。どんどん敵の足音が大きくなってくる。このままでは、いずれ追いつかれる。考えるよりも先に声をあげた。

「長曽祢さん、俺が殿になる! その間に主に帰還申請の連絡しておいて!」

「……ッ、分かった、頼んだぞ」

悔しさを噛み締めながら、長曽祢は清光の提案を素早く受け入れてくれた。流石は局長の刀、判断が早くて助かる。

「僕も清光と一緒に戦うよ!」

「いいけど、俺のサポートね。殿なんだから、前に出過ぎんなよ」

「分かってるって!」

走る長曽祢たちの背中を見届けてから、くるりと反転する。数メートル先に、遡行軍が一、二、三体。強襲されたとはいえ、数で勝る長曽祢たちに手傷を負わせたということは、相当な実力と思って良いだろう。明らかな格上相手に安定とふたりで持ち堪えるのはかなり厳しいが、やるしかない。深呼吸をして、胸の鼓動を落ち着かせる。

先頭を走る二体の槍使いが、勢いよく突きを清光めがけて放った。一体目の攻撃は躱し、二体目の攻撃は刀身で受け止めて何とか軌道を逸らしたが、かなり重い一撃だった。そう何度も避けたり受け切ることはできないだろう。少しでも反応が遅れれば串刺しだ。チラリと安定の方に目を向けるが、彼は彼で太刀の攻撃を捌くのに忙しい。

そうこうしているうちに、二激目の突きが飛んでくる。避けきれずに腰を抉られたが、何とか中傷で持ち堪えた。ギリギリだった。痛みと緊張で息ができない。本丸への転送はまだなのだろうか。槍を構え直した二体がこちらを睨みつけてくる。何とか刀を上段に構えて、睨み返した。敵が地面を蹴ったのと同時に、安定の声が響いた。

「清光、今行く!」

清光から見て右側の敵の死角から安定が走ってくるのが見える。そのさらに向こうに木にもたれかかってしゃがみこんでいる太刀使いが見えた。どうやら安定があそこまで吹っ飛ばしてくれたらしい。倒してはいないが、強敵相手に一時でも優勢を取れているだけすごい。清光がピンチと見て助けに来てくれる姿は頼もしさを感じる。――だが。

「えっ?」

安定が背後から斬りかかろうとしていた槍使いは、まるでそう来るのが分かっていたかのように自然に振り返った。まさか自分が狙われていると思っていなかった安定は、真っ直ぐ走っていてまだ刀を構える体勢になっていない。……まずい。

体が勝手に走り出していた。安定を襲おうとした敵の後ろから思い切り体当たりを食らわせる。清光は上背も体重もある方ではないが、何とか敵の攻撃の軌道は逸らせたらしい。ビュン、と槍の穂先は安定の少し横の空を切った。安心したのも束の間、鈍い痛みが体を走った。ビリビリと全身に痛みが伝播する。

「きっ、清光……ッ!」

泣きそうになりながら安定がこちらを見て絶望の表情を浮かべている。その原因はすぐに分かった。真っ赤になった左胸。人間の致命傷となる場所。そこを、容赦なく槍が貫いているのが見えた。もう一体の敵が清光の後ろから刺してきたのだろう。一撃で急所を突くなんて、やっぱりこの敵は強かったな、なんて呑気なことを思っているうちに、己の刀身にヒビが走って行く音が聞こえた。ビキビキ、と音が鳴り止んだかと思うと、ボキッと鈍い音を立てて折れた。それと同時に、さらさらと己の肉体が消え始めている。気づいたらもう指先はほとんどなくなっていた。安定の清光を呼ぶ叫び声が遠くなっていく。

そっか、折れちゃったのか。これで、刃生おしまい。まだ、やり残したことがあるのにな。もっと主の役に立ちたかった。仲間たちと一緒に戦いたかった。それに……。

清光くん、と笑いかけてくれる堀川の笑顔が思い浮かんだ。

ああ、嫌だ。堀川とのギクシャクした関係、何とかしたいって思ってるのに。こんなとこで死んでる場合じゃない。堀川に会いたい。会って、話がしたい。

光に包まれながら、意識が遠のくまで清光は強く想い続けた。

 

チュンチュン、と鳥の囀りが耳に届く。生ぬるい風が、かすかに頬を撫でる感覚がした。天国とやらにも、鳥っているんだ。いや、そもそもここって天国なのか。人を斬ったことのある刀って天国に行けるのかな。と思いながら、ゆっくりと瞳を開く。開いた視界の先は、なんと自室の天井そっくりだった。いや、というか自室の天井だった。

まさか、死ぬ前に見る夢とかだったりするのかと思って頬を摘んで引っ張ってみるが、ちゃんと痛い。なんだ、痛みも感じるじゃんと思って顔を左に向けると、すぐ近くに座っている人物が視界に入る。

こっくりと船を漕ぎながら、長曽祢と安定が枕元の近くに座っていた。思わずなんで、と口にすると、その声でパチリと目が開く。

「……清光! 清光!!」

「加州、目が覚めたか。おれたちのために戦ってくれてありがとう。おかげで全員無事帰って来れた。体の方は、痛くないか」

感極まって泣いている安定と、嬉しそうにしながらも落ち着いている長曽祢が対照的で、何だか可笑しくて、思わず笑みがこぼれた。

「何笑ってるんだよ、清光のバカ! 僕に前に出過ぎんなって言ったくせに、自分が前に出てくるんだもん!」

「まあまあ、落ち着け大和守。こうしてみんな無事に帰って来れたんだから、あまり怒ってやるな」

「……お守りがなかったら、お前死んでたんだからね」

鼻を啜って泣きながら抱きついてくる安定の言葉に納得する。あの時感じた光は、お守りの力だったのか。それで、生きて帰って来れたってわけだ。

「心配かけてごめん」

「もう二度とあんな無茶しないって、約束してよ?」

「はいはい、約束するからさ、許してよ」

泣き腫らしてむくれながら指切りする安定はちょっと可愛らしかったが、それを口にしたらまた怒るだろうから、心の中に留めておいた。なんと清光は三日も寝ていたらしく、長曽祢さんも安定も、清光のことを心配してその間ずっとそばにいてくれたのだろう。ふたり共、目の下に隈ができている。改めて、彼らのもとに生きて帰って来れて良かったと実感した。

安定の涙が落ち着いてきた頃、主がやってきたので長曽祢と安定は主に礼を言って部屋を後にした。

「加州、無理をさせて本当にすまなかった。無事に目覚めてくれて良かったよ」

「俺の方こそ心配かけてごめん。主がお守りを持たせてくれたから帰ってこれたよ。ありがとね」

「主として当然のことをしたまでさ。……ところで、加州。何か気づいたことはないかい」

「気づいたこと?……なんだろ、傷はもう塞がってるし」

「よく考えてごらん。君は三日間眠り続けていたわけだけど、今の君の体には霊力が満ちているだろう?」

「あっ……」

喋るのに夢中で全然気づかなかった。確かに、それだけの間霊力供給がされていないにも関わらず体中に霊力が流れているのを感じる。これは、どういうことだろう。

「君は一度折れて、お守りの力で復活した。つまり、人間でいうところの一度死んで蘇ったようなものなんだ。だから、前の主の霊力回路が断ち切られ、今の主である私の霊力を正常に受け取れるようになったみたいだね」

「そっか……そんなことが、起こるんだね。……まだ実感がわかないけど、良かったぁ……」

「これで霊力問題は完全に解決できた。本当に良かったよ」

主が今までよく頑張ってくれたねと頭を撫でてくれる。照れ臭さなんて感じないくらい、嬉しくてたまらない。いっそのこと刀解されてしまおうかなんて思ったこともあったけど、諦めずに今日まで生きてきた自分のことを褒めてあげたい。「念のため、今日は安静にしてるんだよ」と言い残し、主がいなくなった部屋で清光は体を大にして寝転んだ。なんの不自由もなく動かせる体に、心が躍る。

これで出陣や遠征先で霊力不足を心配することも無くなった。最高じゃないか。それに、もう堀川に迷惑をかけることもなくなる。堀川に抱かれる必要も、なくなる……。

そこに思い至った瞬間、なぜか今の今まで感じていた嬉しい気持ちが一気に吹き飛んだ。

……なんで? 一件落着じゃん。堀川も俺も、ようやく今まで通りの生活が送れるっていうのに、なんで俺は。

清光の思考を遮るように、トントンと扉が叩く音がする。お見舞いにきた誰かだろうと思って、すぐにどうぞと声をかける。開いた扉の先にいたのは、たった今脳内で考えていた堀川その人だった。

ドクン、と心臓の音がうるさくなって、緊張が走る。堀川の方はいつも通り、大丈夫? と少し眉を下げながらこちらを心配してくれている。

「清光くんが重傷を負ったって聞いて、すごく心配したよ。……前の主さんとの、最後の出陣を思い出しちゃった。清光くん、あの時のことを思い出して辛い思いをしてないかって、不安だったんだ」

ああ、そういえばそうだったな。あの時は、主に手入れもしてもらえなくて、こんのすけに手入れされて、それから一度も顔を合わせることなくさよならだったなぁ。落ち込む俺を、堀川が慰めてくれたっけ。懐かしい。

「もう昔のことだよ。今の俺はあの時とは違う。だから、大丈夫」

「……そっか。そうだよね。それなら良かった」

一瞬の笑顔の後、堀川の瞳が寂しげに細められる。

「……主さんから聞いたよ。清光くんは自分の力で主さんの霊力を受け取れるようになったから、僕にお願いしてたことはもう大丈夫だって」

……ああ、そうだよな。その話になるよな。お腹の奥がぎゅっと重たくなった。

「本当に良かったね。長い間ずっと我慢してきたんだもの、清光くんが頑張ったご褒美だよ」

「我慢だなんて、そんな……」

そんな風に言ってほしくない。嫌だったわけじゃない。いや、確かに最初は嫌だったけどさ。でも、そんな気持ちはすぐになくなった。それは間違いなく、堀川の優しさのおかげだ。

「僕はお役御免だね。今まで清光くんの役に立てて嬉しかったよ」

……そんなこと言わないでよ。そう言いたかった。でも、言えない。だって、清光たちは恋人でもなんでもない。ただの仲間だ。堀川は主の命令と、清光の命を助けたいという気持ちで清光のことを抱いていただけで。それがなくなった今、自分たちを繋ぎ止めるものなど何もない。

「……今までありがとね」

堀川を引き止めたい気持ちを押し殺し、そう口にするのが清光にできる精一杯だった。

 

それ以来、清光が堀川と関わる機会はほとんどなくなった。同じ部隊に編成されない限りは話すこともない。堀川は、今まで抑えていたんだとばかりに相棒の兼定と一緒に過ごしている。当然だ。むしろ、今まで我慢をさせてしまっていたのだ。清光の世話を焼くために、彼が兼定と一緒に過ごす時間を奪っていた。本当に悪いことをしてしまったと思う。

だが、申し訳ないという感情よりも大きく清光の胸の中を占めるのは、兼定に対する嫉妬の感情だった。羨ましい。自分だって、理由がなくても堀川と一緒にいたい。昔みたいに悩んでいることがあったら相談したり、暇な時に一緒にお茶したり。そんななんでもない時間を彼と過ごしたいのに。

ここにきては、ついに清光も自覚していた。堀川のことを好いていることに。彼に愛されたいという気持ちに。

……気づくのが、遅すぎた。せめて霊力供給を受ける時……、いや、それよりもずっと前、霊力供給を受ける必要もなかった時に気づいていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。

一度義務的な関係を結んでしまってから気持ちを伝えたって、ダメなんだ。だって堀川にとって、清光はただの仲間に過ぎない。仲間だから、助けたい。堀川は、ちゃんと清光に言っていたじゃないか。だから、これは清光の完全な片思い。やっぱり、自分は愛している人には愛してもらえないんだ。

叶わぬ恋に打ちひしがれ、清光は日に日に元気を失っていった。安定が「どうしたのさ。何か悩みごとでもあるの?」と心配してくれるけど、訳を話すわけにもいかない。霊力供給の話は、せっかく主と堀川がみんなに隠してくれていたんだから、自分がその気遣いを踏み躙るなんてできっこない。

なんでもないと返事をするたびに、いかにも納得いってなさそうな顔をするけど、結局最後はわかったよと追求はしないでくれる。安定に気を遣わせている自分が、情けなかった。

 

堀川との関係が解消されてから二週間がたった日の夜。清光は、夜中に目を覚ました。

……体が、熱い。特に、下半身。熱を吐き出したがっているのが分かる。

そういえば、堀川に抱かれなくなってから、一度も自慰をしていなかった。健全な男の体、流石に欲が溜まってしまったんだろう。すぐに寝巻きを緩めて、下着の中から取り出した自身を扱き始める。無心で、擦り続ける。……そのまま、何分経っただろうか。勃ち上がってはいるし、気持ちよさも感じている。なのに、一向に熱を吐き出すことができない。時間だけが虚しく過ぎていく。

自慰行為をするのは半年ぶりくらいとはいえ、こんなことは今まで一度もなかった。発散できない熱が体を蝕み続ける。このままじゃ寝ることもできないし、どうすればいいんだろう。こんな時堀川が側にいてくれたら、という気持ちが顔を出しかけて、いやいやそんなこと考えちゃダメだと慌てて首を振る。これ以上堀川に負担をかけるなんて、ダメに決まってる。

そもそも今日堀川は夜戦に出陣してるから本丸にいないし。……ん?ってことは、堀川の部屋には誰もいないってことか。

数分の葛藤の末、清光は起き上がった。不在の部屋に勝手に入るなんて不躾だってわかってはいるのだが、この辛い状態からなんとか逃れたい。その一心で寝巻きを正した清光は堀川の部屋へと向かった。

 

予想通り堀川は部屋にはいなかった。周りに人の気配も感じない。そーっと忍び込んで、キョロキョロと部屋の中に視線を向ける。何か、彼の存在を感じられるものはないだろうか。部屋の中を探していると、布団の横にきちんと畳まれた内番着が目に入る。

ごめん、と心の中で謝りながらえんじ色のジャージを左手で取って顔に近づけると、ほのかに堀川の匂いを感じる。その瞬間、堀川の存在を感じて、体がますます熱くなった。急な体の変化に驚きながらも、早く済ませなければとすぐに下着を下ろし自らの半勃ちになったままのモノを取り出して刺激を与える。

堀川の香りを感じながら擦っていると、明らかにさっきよりも興奮しているのがわかる。息を乱しながら快感を覚えて、思わず声が漏れる。目を閉じて、彼の顔を思い浮かべた。いつも堀川は、清光の反応を見ながら一番感じる部分を触ってくれたっけ。堀川の指の動きを再現しながら刺激を加えると、息ができないくらい気持ち良かった。

「堀川……っ」

そう口にしながら、清光は上りつめた。びゅくびゅくと、勢いよく精液が飛び出す。手のひらで受け止めきれなかったものが畳を汚していく。

久しぶりの射精にしばらく放心していたが、床を汚してしまったことを思い出す。ティッシュはどこだったかなと視線を上げた瞬間。月明かりを背に、部屋の入口に立っている人影が視界に入る。

「清光くん……?」

ガン、と頭をハンマーで叩かれたような衝撃が走る。最悪だ。扱くことに夢中になっていて全く気配に気づかなかった。迂闊だった。こんな状況、どう説明したってドン引きされるに決まってる。

嫌われる。堀川に、嫌われる。ほんっとに、最低最悪な状況だ。

すぐにでも逃げ出したかったけど、下半身を剥き出しにした状態で廊下に出て誰かに出くわしたら、もっといたたまれない。仕方なく清光は後退りするが、それよりも堀川がこちらに歩いてくるスピードの方が速い。悲しいかな、逃げられそうになかった。

「ごめん……っ、本当にごめん! すぐに、片付けて出ていくから……っ、許してっ」

「ちょっと待って清光くん」

「無理だってわかってるけど、お願い! 俺のこと、嫌いにならないで……っ!」

「清光くんっ!」

がしりと、腕を掴まれる。思わず目が合ってしまう。歪んだ視界の中に、綺麗な浅葱色が見えた。

「どうして、泣いてるの?」

「……だって、こんなとこ見られたら、嫌われちゃうでしょ」

「僕が清光くんのことを嫌いになるわけないよ」

「……本当に?」

「もちろん」

いつも通りの優しい笑顔に、絶望の淵に落ちていた心が掬い上げられる。良かった。とりあえず、絶交されるなんてことはないらしい。

「……もしかして、なんだけど。僕のこと考えてひとりでしてたの?」

安心していたところで繰り出された鋭い一撃に、息が詰まる。そりゃそうだよね、堀川の服を手に握りながら下半身丸出しで、床には精子が飛び散っているんだ。誰が見たってそう思うよね。言い訳できるわけないよね。

「……、うん。ごめん」

「謝らなくていいよ」

「言い訳になっちゃうけどさ。最初は自分の部屋でひとりでしてたんだけど、上手く出せなくて。だから、堀川のことを近くで感じられたらって思ったんだよ。俺、堀川のことが好きだから」

「うんうん、そっか。……えっ?」

あーあ、言っちゃった。こんな状況で告白して受け入れてもらえるはずなんてないのにね。でも、この機会を逃しちゃったら一生言えない気がする。振られても、伝えられるだけ伝えよう。そうじゃないと、俺の恋心は行き場がないまま困っちゃうだろうから。

「今更だよね。でも、好きになっちゃったもんはしょうがないじゃん。堀川が大好きだよ」

きっと今、刃生で一番ドキドキしてる。早く、何か返事をして欲しい。ありがとうでも、ごめんねでも、なんでもいいから。もう、覚悟はできているから。

そう思っていると、堀川が体を近づけてくる。どうしようと迷いながら後退りしようとしたけど、後ろにあるのは閉じられた襖でこれ以上はさがれない。それどころか、腕をぐいっと引っ張られた勢いで堀川の胸に寄りかかってしまう。離してくれと顔を上げた瞬間、後頭部に手が添えられ、唇に今まで感じたことのない感触を感じた。

……これは、もしかしなくても、キスされてる?

驚き目を見開く清光とは対照的に、堀川はじっと目を瞑ったままだ。突然の出来事に、呼吸もままならない。ゆっくりと離れたかと思うと、僕もだよという言葉の後にもう一度キスをされる。今度は、さっきよりも深く。

僕もだよ。僕もだよ……えっ、どういうこと? 幻聴? 俺の都合のいい幻聴と幻覚? でも唇に感じる体温は本物のように感じられる。だとしたら夢、なのか。唇を離された後、思わずそのまま言葉にしてしまう。

「これってもしかして、夢?」

そしたら堀川はちょっとばかりムッとして、そのまま優しく頬をつねられた。ちょっぴり痛い。ということは、やっぱり現実なんだ。

「夢なんかじゃないよ。ずっと前から、清光くんのことが好きだった」

「えっ……、嘘」

「嘘じゃない。前の主さんがいた時から、君のことが好きだった。始まりの一振りとしてみんなを引っ張っていこうと背伸びをして頑張るところも、僕にはそんな気遣いも取っ払ってなんでも相談してくれたところも大好きで、ずっと近くで支えようって思ってた。清光くんは主さんのために一生懸命だったから、気持ちを伝えるつもりはなかったよ。それに、その後あんなことがあったから余計にね」

「堀川……」

「責任を感じて落ち込む清光くんを見ているのは辛かった。支えた気になっていたけど、本当に大変な時に全然力になれていない自分が情けなかったな」

「そんなことない。あの時堀川が支えてくれなかったら、今の俺はいないよ」

「本当?……だからね、新しい主さんがやってきて調子を取り戻した清光くんを見て、やっぱり主さんには勝てないなって思ったよ。その後すぐに霊力供給の話をされた時は、正直複雑だった。大好きな人を抱けるけど、それはあくまで義務的な行為。でも、それをしなきゃ清光くんは生きていけないんだから、やるしかない。他の誰に任せるのも絶対に嫌だった。だから僕が心を殺して頑張れば、みんな救われるんだって思ってた」

「そう、だったんだ」

「何度も勘違いしそうになったよ。だって、大好きな人と体を繋げているわけだからね。だから、せめて絶対にキスはしないって決めてた。その一線だけは、恋人でもない僕が超えてはいけない領分だって思ってたから」

言われてみれば、確かにそうだった。あれだけ毎日体を繋げていても、一度たりともキスをしたことがなかった。しないことが、暗黙の了解になっていた。

「前に清光くんが一度だけ酔っ払った時のこと、覚えてる? 次の日腰が痛いって言ってたでしょ」

「覚えてるよ。堀川が部屋まで運んでくれたってやつでしょ。その後から様子がおかしくなってたし」

「……あの時腰が痛かったのはね、僕がたくさん清光くんのことを抱いたからだよ」

「え?」

「酔ってるのをいいことに、最低だよね。本当にごめん。酔っ払って安定くんに介抱されてる清光くんを見て、嫉妬しちゃったんだ。それで強引に清光くんを部屋に連れて帰って、気持ちが抑えられなくなって……。すごく後悔した。だから、しばらく反省のために清光くんといる時間を減らそうって決めて」

「そ、そうだったんだ。……でも、なんで」

「うん?」

「俺のこと好きだったならなんで、霊力供給の必要がなくなった後、全然話しかけてくれなくなったの? てっきり、俺より和泉守と一緒にいたかったんだなって思ってた」

「……そうしないと、気持ちを抑えられないと思って。今の本丸にはたくさんの仲間がいる。僕が支える必要もない。それなのに近くにいたら、清光くんのことを好きな気持ちが抑えられなくなっちゃうと思ったんだ。もう霊力供給の必要もないんだから、清光くんだって迷惑に思うだろうなって」

「迷惑なわけない」

「本当にね、我ながら臆病だったよ。告白も清光くんに先を越されちゃうし」

「あ、あれは勢いあまってというか……」

「じゃあさっきの言葉は本心じゃないの?」

「そんなわけないじゃん! 俺がどれだけ堀川ことが好きで、和泉守に嫉妬してたと思ってんのさ!」

「……へえ、兼さんに嫉妬してたんだ」

「うー……。だって」

「でも僕も安定くんに嫉妬してたから、これでおあいこだね」

「……まあ、ね」

「改めて僕からも言わせて欲しいな。清光くん。君のことが好きです。ずっと前から大好きで、これから先もずっと大好きです。僕を君の特別にしてくれませんか?」

「……ばか。もうとっくになってるよ」

清光の言葉を聞いて口を緩ませる堀川に抱き上げられると、そのまま優しく布団の上に押し倒される。顔中にキスをされながら、寝巻きを脱がされて頂きを刺激される。

久しぶりの感覚に体が喜んでいるのか、触れられるところがいつも以上に敏感に快楽を感じ取っている。さっき一度出したにも関わらず、もう新たな熱が生まれているのを感じた。ツンと立ちあがった乳首を優しくなぞられるのがもどかしい。もっと強く触って欲しい。胸を突き出すように体を動かすと、堀川の口元が緩む。

「我慢、できなくなっちゃった?」

「うん……もっと触って?」

「……っ、素直な清光くんも可愛いな」

満面の笑みを浮かべた堀川に、先っぽをぎゅっとつままれた瞬間電流のような衝撃が走った。求めていた刺激に、無意識に体がビクビクと震える。乳首だけでこんなにも気持ちが良くなるなんて、我ながら感じやすくなったものだと思う。くにくにと指が動くたびに、清光の口から漏れ出る喘ぎが静かな部屋に響く。でも、恥ずかしさよりも気持ちよさと嬉しさが勝っているからかあまり気にならなかった。堀川に触られているのだと思うと、堪らなく快感を刺激されてしまう。もう一方の乳首を舌で舐め上げられて、理性が焼き切れていく。

「ほりかわっ、待って……ッ、もう、イっちゃうッ」

「んっ……、いいよ、乳首だけでイくとこ見せて?」

「あっ、ンっ、はっ、……ッ、ゃあ、……ぃ、く……っ」

グリグリ、と先端をほじるように舌先で刺激される。カッ、とお腹の奥に溜まった熱が一気に放出されるのを感じた。お腹に出された生ぬるい液体の感触も、今は心地よい。息を乱しながら堀川を見上げると、脱ぎかけた服の隙間から堀川の汗ばむ肉体が見えた。内番着のジャージや普段のブレザー姿ではあまり分からないけれど、細いながらにしっかりとついた筋肉。暗がりで見るそれはあまりに艶っぽくて、思わず唾を飲み込んだ。

一糸纏わぬ姿になった堀川に、ぎゅっと抱き寄せられる。啄むようなキスをしながら、少し照れた表情で見つめられる。堀川は清光を抱く時は大体余裕のある表情のことが多かった。射精する直前はあまり余裕のない顔を見せてくれることもあるけど、こんな風に眉を下げて顔を赤くしたことなど、清光の記憶には残っていない。ちょっと言い辛そうに口をもごつかせながら、堀川は言った。

「あの……嫌だったら、全然断ってね。もし良かったら、僕のもの、触ってくれないかな」

ピンと勃ち上がったモノを清光の腹に擦り付けながら恥ずかしそうにお願いする堀川に、自然と頬が緩む。今までかっこいいところや優しいところはたくさん見てきたけど、こんな可愛らしい一面もあるのかと思うと、嬉しくてたまらない。

「もー、そんな申し訳なさそうな顔しないでよ。嫌なわけないじゃん」

「ほっ、本当?」

「当たり前でしょ、堀川のこと大好きなんだから」

大好きって口に出すのはちょっぴり照れるけど、でも本当のことだ。堀川が清光にしてくれるように、清光だって堀川に触れたい。今までは堀川が主導してくれていたから言い出せなかったけど、前から思っていた。

驚いた堀川の反応を横目に清光はそっと堀川の猛りに手を伸ばす。そして、躊躇いなくそれを口に含んだ。

「なっ……、き、清光くん、手でいいよ!」

狼狽している堀川を無視して、そのまま浮き上がった血管をなぞるように舌で舐める。うっという小さな呻き声と共にビクっと反応が返ってきたのが嬉しくて、歯を立てないように気をつけながら舌を動かす。溢れ出した先走りを強く吸い上げる。口に広がる苦味さえ、愛おしく思えた。涎をまぶしてから口でキュッと締め付けると、明らかに感じてくれているのが分かる。自分が堀川のことを気持ちよくさせているのだという事実に、清光自身も昂っていくのを感じる。夢中で舐めていると、堀川がポンポンと肩を叩いてきた。

「清光くん……ッ、もう、出ちゃうから、そろそろ離して……ッ」

チラリと見上げた堀川は、確かに余裕なく眉間に皺を寄せて顔を赤らめていた。瞳の奥に宿る熱い視線に胸の高鳴りを感じながら、清光は舌先で堀川の先端の窪みをチロチロと刺激した。自分はイキそうな時にここを刺激するのが良いから、堀川もそうかもしれない。その一心で舌を動かしていると、堀川の腹筋に力が入るのが見えた。

「あっ」と絞り出したような声と共にビクビクと体を震えさせて、勢いよく口の中に熱い液体が広がっていく。ガッチリと堀川の腰を手で抑えながら、少しずつ嚥下する。喉に注がれているような感覚に背筋がぞくぞくと震える。最後の一滴まで飲み干した後ゆっくりと口を離すと、つうっと銀糸が堀川と自分とを繋いだ。その淫らな光景が自分が作り出したものかと思うと、恥ずかしさと嬉しさが混じり合う。ふわっと頭の上に柔らかな感触を感じたと思えば、優しく頭を撫でられた。

「……ごめんね、口の中に出しちゃって。飲まなくて良かったのに……」

「俺が好きでやったんだから、堀川は気にしなくていーの」

「……うん、ありがとう」

こんな時でも気を遣ってくれる堀川の優しさが嬉しくももどかしくて、清光の方から抱きつく。片想いだと思っている時間が長かったからなのか、堀川は清光に対してどうにも遠慮がちなところがある。清光だって堀川のことが大好きなのだと、もっと分かって欲しい。

「ねえ、堀川。今日は俺が動いてみてもいい?」

「えっ、でも……」

「いーから。今までずっと堀川がやってくれてたんだもん、俺にもやらせてよ」

「……。じゃあ、お願いしてもいいかな?」

「もっちろん! はい、そこ座って」

「う、うん」

ぎこちなく布団の上に座った堀川にまたがるように座ると、ゆっくりと唇を重ねる。舌を伸ばすと、すぐに堀川の舌に触れた。温かい感覚が気持ちよくて、もっと触れ合いたいと自分のものを絡める。堀川も徐々に舌を激しく動かし、互いを求め合うようなキスになっていく。口から漏れ出るどちらのものかも分からない唾液が顎から滴り落ちることも気にならないほど、夢中で貪り合った。息が苦しくなってようやく口を離すと、息を乱しながら清光を見つめる堀川と目が合った。

清光を求めるまっすぐな視線が、浅葱色の美しい瞳が、この上なく清光を滾らせた。本能の赴くまま、堀川の屹立を手で掴んで己の窄まりに充てがう。

「ちょっと待って、流石に慣らさないときついよ……っ」

堀川の静止の言葉も耳に入ってこない。今の清光に何かを考える余裕など微塵もなかった。ただ一心に、堀川が欲しかった。

ずん、と音が聞こえるほど勢いよく、清光は堀川のモノを受け入れた。圧倒的な異物感が下腹部を支配する。久しぶりの行為故に押し拡げられる苦しみを感じつつも、清光のナカはみちみちと堀川を締め付ける。ずっと待ちわびていた熱を与えられて、これが欲しかったんだと言わんばかりに絡みつく。慣らさずとも彼を受け入れることができるなんて、随分と淫らな身体になったものだ。少し恥ずかしいけど、嫌ではない。堀川によって変えられたんだと思えば、むしろ嬉しく思う。

「はぁッ、堀川……苦しく、ない?」

「んっ……、僕は大丈夫だけど、清光くんは平気?」

「俺は、だいじょーぶ、だから……動くね」

その言葉を合図に、清光はゆっくりと腰を上げる。にゅるにゅると濡れた肉棒が抜けそうになるくらいまで中腰になった後、素早く腰を落とす。襞をこそぎ落とすように屹立が胎内を擦って、思わず嬌声が上がる。

「はアッ……!」

「……ッ、清光、くん」

「ほりかわ、……ン、はぁっ、……きもちい?」

「うん……ッ、すごく、気持ちいいよ……!」

熱を帯びた瞳に目を合わせながら、ゆっくりと抽送を再開する。亀頭で膨らみを刺激される度に我慢できずに声を漏らしながら、夢中で腰を振った。ぽたぽたと口の端から溢れた涎が堀川の汗ばんだ体の上に落ちていく。清光自身はそれに気づかないほど理性が蕩けていれ、そんな様子を目にした堀川もまた興奮していた。トロトロと溢れ出る先走りがナカを濡らし、清光の動きを助ける。

「あっ、堀川……ごめっ、もっ、ぁ、イきそっ、……んっ」

「僕も……、一緒にイこう……ッ」

いつの間にか繋いでいた手をぎゅっと握りしめ、激しく腰を動かす。ゴリっと先端が前立腺を押し潰し、耐えていた唇が悲鳴にも似た嬌声を放つのと同時に、精液が飛び出した。射精と共に締め付ける力に耐えられず、堀川もまた清光の中に精を放つ。熱い飛沫が勢いよく内側へと注がれた。その熱に思わず背を反らしてガクガクと震える。自分もイってしまったけれど、自分が主体となって動き堀川をイかせることができて、清光の心は充足感に溢れていた。たっぷり快感を味わってからゆっくりと堀川のモノを抜く。咥えるものを失った喪失感で、後孔がヒクついている。とても一度だけでは満足できないと体が訴えているようだ。

「ありがとう、清光くん。すごく気持ちよかったよ……」

「ん……良かった」

寄りかかるように堀川に抱きつくと、労うように背中を撫でてくれた。

「疲れちゃったよね、そろそろ寝ようか」

清光の身体を気遣って、堀川は脱ぎ散らかした寝巻きを拾い上げようとした。その腕をがしりと掴む。どうしたの、と不思議そうな視線が向けられる。その瞳は、多少の熱っぽさは残っているがほとんど普段と変わらない。それが悔しかった。

清光は、とてもこのまま寝るなんてできない。堀川と心を通わせ、愛し合う関係になって身体を繋げることができたのだ。もっともっと堀川が欲しい。余裕なんてこれっぽっちもない。心も体も、堀川を求めてやまないのだ。

二度も達したにもかかわらず、堀川には清光のことを気遣う余裕がある。普段はその気遣いが嬉しいし、そこが堀川の大好きなところでもある。でも、今この瞬間だけは、そんな理性なんて溶かしてしまいたい。清光のことを激しく求めて欲しい。清光が酔っ払ってしまった夜のように、たくさん抱いて欲しい。

「やだ……まだ、寝たくない」

ぎゅっと堀川の腕を掴んだまま、清光は気持ちを口に出した。

「もっと堀川とえっちしたいよ。……だめ?」

その言葉を聞いた堀川は目を大きく開いたかと思うと、顔を下に向けた。表情を窺い知ることができないので、清光の鼓動が速まる。引かれてしまっただろうか。やっぱり口にしなかった方が良かったかな、なんて思っていると、堀川の腕が背中に回ってきて思い切り抱き寄せられた。

「だめなわけないよ……!」

顔を真っ赤にしながら抱きしめられる。少し苦しいくらいだけれど、それだけ想われていると思えばむしろ嬉しかった。背中に腕を回すと、どちらともなく唇を合わせる。舌を絡め取られて、歯列をなぞるように刺激される。吸い付くように舌を這わされた後、唾液を啜られるのが堪らなく気持ち良い。リップ音も相まって、身体の内から熱が湧き上がってくる。唇を離した堀川は、申し訳なさそうに眉尻を下げる。

「あの宴会の夜、清光くんの意識がなくなるまでしちゃったから……もう性欲を暴走させるようなことは絶対にしないって思ってて」

どうやら清光が思っているよりもその時のことを気にしていたらしい。記憶がないから何をされたか全く分からないけれど、清光が本気で嫌がるようなことを堀川がするはずない。だから、遠慮なんてする必要は全くない。

「ほんと、堀川は真面目だね。まあそーゆーとこも含めて好きなんだけどね。……俺、嫌だったらちゃんと言うから。だからさ、我慢なんてしないでよ」

「……清光くん」

清光が全く気にしていなかったことを真剣に悩んでいた堀川が愛らしくて、思わず表情が緩む。つられて堀川も目を細めて笑った。照れくさいのか、清光の背中側にまわって後ろからぎゅっと抱きしめてくる。

「本当に、嫌だと思ったらちゃんと言ってね?」

「はいはい、分かったから。……続き、しようよ」

チラッと後ろを振り返って堀川の目を見ながら、もう一度強請ってみた。熱っぽい視線が返ってくる。背中に当たる熱さが、堀川の興奮を伝えてくる。欲情してくれているんだと思うと、清光の身体も自然と昂っていた。

お尻を両手で持ち上げられる。ピタリと、後孔に先端が触れた。そのまま擦りつけるように堀川が腰を動かす。鈴口から溢れ出る粘液を塗り込むような動きに、じわじわと欲が身体の奥底から湧き出てくる。擦るだけで決して中には入れてこない。入口を刺激され続け、もどかしさで身体が苦しい。とろりと、先ほど中に出された堀川の精液が降りてくる。このままでは出てしまうという焦りで、我慢できなくなってしまった。

「堀川……、早く、挿れて……っ」

耳元で、かすかに息を呑んだ気配がした。間髪入れずに、一気に熱の塊が押し入れられた。グリグリと襞を亀頭の張り出た部分で擦られて、大きな声が出てしまう。

「あぁ……ッ」

みちみちとナカを埋め尽くす灼熱が、ゆっくりと上下に動き清光のイイトコロを刺激する。快感に意識を持っていかれている間に、両方の太ももを掴まれて大きく開脚させられた。

「ほら、見える? 清光くんが僕のモノ美味しそうに食べてるの」

その言葉に、伏していた目線を前に戻す。ちょうど目の前には堀川が普段使っている姿見が置かれていて、全てを映し出していた。もうこの暗闇にも目が慣れてしまっているので、ばっちり見えてしまった。脚を大きく広げ、顔を赤らめ、勃ち上がった性器の下で、媚肉を晒しながら堀川の硬く大きな肉棒を咥え込む己の姿が。堀川が腰を動かす度に、結合部から中に出された精液が溢れ出て泡立っていく。普段見る事のない自らの痴態に、身体がかあっと熱くなっていくのが分かる。己の意志とは関係なく、胎内が一層強く堀川の肉杭を締めつけてしまう。

「清光くんのえっち。今、僕のことぎゅって締めつけたよね? 自分のこと見て興奮してるんだね」

「ぁっ……待って、恥ずかしい……」

「だめだよ、ちゃんと見て? 普段清光くんがどんな風に僕に犯されてるのか。どんなにえっちな姿で僕を誘惑してるのか」

顔を背けようとしたけれど、顎を掴まれて視線を戻されてしまう。とろんと蕩けた瞳で口の端から涎を溢す自分が、自分ではないかのように思える。いつもこんなにも淫らな表情をしていて、それを堀川に見られていたのかと思うと恥ずかしい。なのに、身体はますます昂っていく。腹の奥の疼きが増していき、気づけば自ら腰を揺らしていた。いつの間にか恥じらいよりも快感が勝っていた。

「んっ、もっと突いて欲しいの?」

「うん、……もっと、いっぱい欲しい……ッ」

後ろを振り返って堀川に必死に懇願した。分かったよと不敵に笑う堀川は、今までに見たことがないほど昂っていた。獲物を見つけた肉食獣のようにギラギラと輝く瞳で見つめ返され、がっしりと腰を掴まれると、上下に揺さぶられた。ゴリゴリと激しく前立腺を抉られる。意識が散っては、すぐに舞い戻ってめちゃくちゃに中を乱される。昂りが中を穿つ度に意識が飛んでいってしまいそうだ。あっという間に腹に溜まっていた快感が収束していく。

「あッ……ンァあッ!……も、だめ、……イッちゃ――」

「いいよ、イって」

聴いたことがないくらい低い声で耳元で囁かれて、胎内が激しく収縮する。瞬間、目の前が真っ白に吹き飛んだ。けれど意識はすぐに戻り、快楽の波に飲まれる。かつて感じたことのない強すぎる快感に、全身は電流を流されたように跳ね上がり、獣じみた咆哮が奥を穿たれるたびに喉をつく。精を吐く暇さえ与えられず、深い絶頂を何度も繰り返した。死んでしまう、そんな言葉が頭に浮かんでは消えていく。内側にトプトプと注ぎ込まれた精さえも快感神経を刺激した。

「アッ……ンぁあッ……ンァ、……!!――、……ッ!」

一際大きくのけ反って吐き出した叫び声が途中で途切れ、力を失った清光は堀川へしなだれかかる。乱れ切った息を整えようと必死で呼吸した。

「すごいね、出さずにイけたね」

乱れた髪を梳かしながら頭を撫でられる。今の清光にとっては、その優しい接触ですら快感に変わってしまう。思わず嬌声を溢してしまって、堀川が息を呑む気配がした。ずるっと堀川が自身を引き抜く。それすらも気持ちが良く、身体が震える。

「ゃだ……ッ、抜いちゃ、やだぁ……!」

堀川のモノを咥えていた場所が、ヒクヒクと中の媚肉を晒しながら震えている。普段の清光から発せられない言葉と快楽に堕ちた姿に、堀川は目を見開いた。瞳孔が開かれ、言葉では言い表しようのない表情をしていた。

覆い被さるように体を近づけ、喰らいつくような激しいキスをされる。このまま食べられてしまいそうなくらい激しく口内を舐められ、舌を絡め取られて吸われる。唾液を全て舐め取られた後、布団の上に仰向けに押し倒される。息をつく暇もなく、両足を肩につくほど高く持ち上げられた。

「はぁッ……、煽ったのは、清光くんだからね……!」

言い切ったのと同時に、勢いよく上から剛直を打ち込まれる。

「ぁああああっ……!!」

奥を突かれて軽くイってしまう。だが堀川は気にせずそのまま上から打ち付けるように激しい抽送を始める。二度も出された精液の滑りで驚くほど激しく腰を動かされて快感が止まらない。ガツガツと奥を突き上げられる度に歯の根が合わずに震える。叫びっぱなしの喉はとっくに枯れていて、声というより呻きに近い。

「あ、……ぐ……――ぅあ、……ン、……、……ぃ、……なぁッ……!」

鋭く突かれたその場所で、さらに奥へと捩じ込むように雄が腹を押し上げる。折れ曲がった細い道を強引に開かれて、全身が本能的に強張った。おおよそ何かを挿れることを想定されていない場所の入口に、堀川の鋒が届く。

「……挿れるよ」

「あ、……ァ、や……め……――、ぐ、……うあ、……!」

無理、という静止の言葉は途中から声にならなくなっていた。腹が破けたような衝撃と共に、目の前が何度も白く点滅した。快感などというには生ぬるい。あまりに激しい絶頂感に理性も身体も追いつくはずがなかった。

ゴツゴツと無遠慮に最奥を突き上げられ、いっそ苦しくて逃れようと身を捩る。

嫌だ、気持ち良すぎる。気持ち良すぎて苦しい。おかしくなってしまう。

抵抗する力もなく堀川のガチガチに硬くなった猛りに快感神経を狂わされて、涙がとめどなく溢れ出す。

「や、……も……――あ、……ひ、……あ、何か……来る、や、……アァアアア!!!」

腹の底が熱く燃え上がる。それは前触れもなく一気に押し寄せて、耐えることもできずに一気に尿道から噴き出した。びしゃびしゃと透明な液体が噴き出して、腰が幾度も跳ね上がる。ヒイヒイと悲鳴をあげて首を振り、快感に頭が狂わされていく。

堀川が奥を突き上げて内蔵が押し上げられる度に、プシャっと吐き出されては清光の腹を濡らす。苦しさも消えて、止まない快楽に理性が焼き切れる。

「ほり……かわっ、だ、して……ッ、おく……出し、てぇ……!!」

もう何も考えられなかった。ただ、望んだ。己の一番奥に、愛しい男の精を注がれることだけを望んだ。必死に腕を伸ばして、堀川の腕を掴む。清光の気持ちを察して肩にかけた足を下ろすと、堀川は清光の背中に腕を伸ばして抱きしめながら性交を続けた。清光も負けじと堀川を抱きしめる。お互いの汗や精液やらで濡れた身体のベトつきさえ今は全く気にならなかった。少しでも近くで相手の存在を感じたい。その一心で抱き合った。

どちゅどちゅと奥を穿つ堀川の動きが速さを増す。潮を吐き出しながら、清光のナカは精を搾り取るようにぎゅうぎゅうと容赦なく締めつけた。グッと堀川が呻き声がする。そのまま力強く抱きしめられ、最奥に熱く濃厚な精液が大量に注がれた。

「あ、……おく……、あつ……ッ、――……ッ!!」

内壁に当たる飛沫さえも性感を刺激する。大きく開いた足がびくびくと震えて、身体全体が痙攣する。涙も涎も垂れ流して、快感に浸かりながら堀川にしがみつく。堀川の射精が終わっても、快感は終わらない。

「はぁっ、はぁっ……、気持ち良すぎて、おかしくなりそうだよ」

「おれ……だっ、て……」

「清光くん……責任……とってくれるかな」

「それは……こっちの、セリフ、だっての……」

息も絶え絶えな中、笑い合う。抱きしめあってキスをするだけで幸せを感じた。心を通じ合わせてする体の繋がりに、ふたりは体力が尽きるまで貪り合った。

 

次の日。出陣していった堀川を見送った後、清光は道場で安定と手合わせをしていた。カン、と互いの鋒がぶつかる音が絶え間なく響く。互角の真剣勝負を繰り広げる中、少し距離をとった安定が、思い出したように口を開いた。

「そういえばさ、良かったね。おめでとう」

「はぁ? 何が?」

「堀川と良い仲になったんでしょ」

「なっ……、なんでそんなこと知ってるんだよ!」

顔が熱くなるのを感じながら、清光は攻撃を繰り出す。

「ふーん、否定しないってことはやっぱり本当なんだね」

どうやら嵌められたらしい。清光の突きをひらりとかわしながら安定は続ける。

「さっき堀川からちらっと聞いたんだよ。やっとかぁって感じ」

「なっ……」

思わず躓きそうになったのを、なんとか足を踏ん張って堪えた。

「前にお前が酔っ払った時あったじゃない? 僕が介抱してたら、堀川が清光のことは自分に任せてってちょっと強引に連れて帰った時。次の日に堀川に昨日はごめんねって謝られたんだけど、その時ピンときたんだよね。はあ、そういうことかって」

「ななっ……」

「それで、しばらくしたら清光がやたらと落ち込みながら堀川のこと目で追ってるじゃない? あー、これは両想いなのに分かってないやつだなぁって思っちゃった」

「きっ、気づいてたのかよ! なんでその時に言わないのさ!」

「無理に聞き出すのも可哀想かな〜って思ったから。でも良かったね。あの夜の僕を見る堀川の目、今思い返すと嫉妬してますって丸わかりだったし。あんな堀川初めて見たよ。愛されてるね、お前」

「うっ……」

「隙だらけだよ」

あっけなく面を打たれて、清光はよろけて尻餅をつく。普段だったら文句の一つでも口にするところだが、今は出てこない。それくらい、清光は満たされていた。刀剣男士として顕現してからこれまで辛いことがたくさんあった。でも、今の自分には支えてくれる大切なひとたちがいて、一番大切に愛してくれる恋人もいる。

「みんなで一緒に、次の主さんとまた一から頑張ろうよ」

かつて、堀川がかけてくれた言葉。その言葉があったから、清光はギリギリのところで踏みとどまれた。堀川は、ずっと前から清光のことを支えてくれていた。そんな堀川のことを好きになって、本当に良かったと思う。彼と一緒なら、きっとこれから辛いことがあっても乗り切れる。そんな未来が見える。だって、自分たちの間には確かな「愛」があるから。

「今はちょっと油断しただけだから。次は俺が勝つからね」

竹刀を構え直してかかってこいと嬉しそうにしている安定に向かって、清光は立ち上がり駆け出した。