「兼さん、聞いてよ!主さんが、遂に『乾燥機付きドラム式洗濯機』を導入してくれるんだって!!」
満面の笑みを浮かべてやや興奮気味にオレに話しかけているのは、相棒の国広だ。突然のことで呆気に取られているオレを目にして、慌てて説明を付け加える。
「あっ、乾燥機付きドラム式洗濯機っていうのはね。簡単に言うと、服を洗って乾かすまでの工程を全部これ一つでできちゃう夢のような機械なんだよ!それを三台も買ってくれたんだって!これで雨の日にお洗濯ができなくてモヤモヤすることもなくなるから、すごく嬉しいなぁ」
オレの相棒は大の手伝い好きなのだが、中でも洗濯は特に好んでやっているように思う。身につける物だから、できるだけ綺麗にしておきたいのだというのが国広の弁である。そんな洗濯がより便利にできるというのだから、こうしてはしゃぐのも無理はない。
「そりゃ良かったな。雨の日になると少し不機嫌になるお前も見ることも、これでなくなるのかねえ」
「えっ、僕そんなに態度に出てた?……ごめん」
「他のやつらはどうか知らねえが、オレには丸わかりだったぜ。まぁそんなに気になるほどのことでもなかったから、構わねえよ。んで?その新しい洗濯機様とやらはいつやって来るんだ?」
「三日後だってさ!楽しみだなぁ、僕が一番に使って良いよって主さんが言ってくれたんだ。だから、ちゃんと使えるように今からしっかり説明書を読み込んで頭の中で実演するつもりだよ!」
そんなにその機械を使うのは難しいのだろうか。今だって普通の洗濯機は使いこなしてるんだ、似たような物じゃないかと思うが。何にせよ、国広がこれほど張り切っているのを見ていればオレまでも自然と頬が綻んでしまう。
ずっと欲しかった玩具をようやく買い与えられた子供のようにキラキラと目を輝かせる国広を側で眺めているのも悪くはない。その時はそう、思っていた。
宣言通り国広は時間がある時は主から予めもらった説明書を真剣に読んでは、これはこうでとぶつぶつ口ずさみながら予習していた。最初は面白がって見ていたオレも、相棒のことすら目に入っていないのではないかと思うほど一心不乱に集中する国広を何とも言えない気持ちで見守っている。
いつも兼さん兼さんとオレを呼ぶ快活な声は、今はまだ見ぬ洗濯機にだけ向けられている。それがどうにも面白くない。しかし、もう少しの辛抱だ。
奴が本丸にやって来て、無事に使いこなせれば前のような生活が帰ってくる。いや、それどころか進化した洗濯機のおかげで洗濯物を干す時間が軽減される分、一緒に過ごす時間も増えるはずだ。
足をバタつかせて時折鼻歌を歌いながら奴に思いを馳せる相棒を横目に、数日後に訪れるであろう未来を想像してオレは小さく笑った。
そうして、奴がやってくる当日。前の日の夜からずっとソワソワして落ち着かない様子の相棒は、主が玄関先で業者とやり取りをしている様子を待ちきれないと言わんばかりに見つめている。業者の背中には、大きな段ボールが三つ。その一つ一つが、本丸での生活の質を向上して欲しいという期待を背負っているのだ。
話し終えた主がこちらですと手招きすると共に、段ボールを抱えた業者がゾロゾロとやって来る。目を輝かせてその姿を見守る国広に、若干驚きの表情を浮かべつつも彼らは廊下の先へと消えていった。
それから一時間後。無事に設置を終えて帰っていった業者と、国広に後は任せたよと声をかけて去っていった主。残されたのは、至福の表情を浮かべながら説明書を片手に操作する国広と、それを眺めるオレだけだ。
「なるほど、ここを押せばいいんだね……」
オレのことなど気づいていないかのように、新品の洗濯機と向き合う国広。しばらくその姿をじっと眺めていたが、一向にこちらに気付く気配もないので仕方なく諦めて部屋へと戻った。
それからさらに二時間と少し。国広が部屋に帰って来ることはなく、せっかくの非番だというのにすっかり手持ち無沙汰になっているなと思い始めた頃、トタトタという足音と共に相棒がやって来た。
「あれ、珍しいね。兼さんのことだからまた手合わせにでも行ってるんだと思ってた」
「気分が乗らねえだけだ、気にすんなよ」
流石に国広が洗濯機に夢中だから気が乗らないのだ、なんて口にはできない。我ながら心が狭いなと少し呆れる程だ。
「僕、早速使ってみたんだけどね、これがすごいんだよ!綺麗に洗えている上にちゃんと乾かしてくれるし、タオルがこんなにふわふわになるなんて思わなかったなぁ」
試しに洗濯したというタオルをポンポンと嬉しそうに触る。涼しげな柔軟剤の香りが届いて来て、奴の最初の仕事ぶりが伺える。
「ふーん、そりゃすごいことで」
普段だったらオレの気のない態度に気付かぬはずもないのだが、今の国広は違う。奴のこんなところが素晴らしいんだと一つ一つ事細かにオレに説明してくる国広の頭の中は、驚きと感動で一杯なんだろう。
その気分を汲み取ってやりたい気持ちはもちろんある。あるのだが、そいつばかりにかまけてくれるなよという思いが沸々と込み上がってくる。
オレたちは付喪神、物から生まれた存在だ。だからかは分からないが、どうやら人間のような生き物よりも、無機物の方により嫉妬心を抱いてしまうらしい。
「おい」
ニコニコと笑いながら話し続ける国広に声をかける。どうしたの、と言うようにその目がこちらを向く。
ようやくオレの方を向いたな。
「新入りを可愛がるのも良いけどよぉ、大事な相棒を忘れてくれるなよ?」
緩く抱きしめながら、オレを見上げる国広の大きな瞳を見つめる。一瞬驚いたように見開かれたかと思えば、ふわりと目尻が下がった。
「ふふ、ごめんね。確かにここ数日そればっかりだったね。……でも、意外だな。兼さんが僕に妬いてくれるなんて」
「うるせえ、オレだって嫉妬ぐれえするさ。……嫌か?」
「ううん、全然。むしろちょっと嬉しい、かな」
「国広ぉ、あんま調子乗んじゃねえぞ?」
わしゃわしゃと国広の髪の毛を軽く掻き乱す。髪がボサボサになってしまったというのにされるがままのその顔がどこか嬉しそうなものだから、さっきまでのモヤモヤした気持ちなどどこかに吹き飛んで行ってしまった。